第34話:最終決着
「……もう戻ってきたのか」
「もう少しで永遠に帰ってこれなくなるところだったかな。思惑通りにいかなくて残念だったね」
まるでゲームでちょっと苦戦した、とでも言うような軽い口調だ。
「僕は陰陽師の家系だと言っただろ?陰陽師は式神や悪鬼が魂を狙ってくるなんてことはしょっちゅうなんだ、なんの備えもしていないなんて思っていたのかい?」
そう言いながらシャツの前を大きくはだけると上半身にいくつもの文字と紋様が浮かび上がっていた。
「どうだい?なかなかいいデザインだろ?肉体が乗っ取られないための呪言を彫ってあるんだよ。もっとも君たちの使った術はこの世界にないものだったから適応するのに多少時間がかかったけどね」
几帳面にシャツのボタンを留めながら神那先がこちらを向く。
「でもそれももう済んだ。先ほどの術はもう効かないよ。これで君たちの奥の手は全て封じられたというわけだ」
その顔は既に勝利を確信している。
神那先がそう思うのも無理はないだろう。
こちらの魔法は防がれる、剣術でも敵わない、頼みの綱のエレンシアも既に虫の息だ。
誰が見ても神那先の勝利は明らかだった。
「大人しく降参してくれるなら命だけは助けてあげるけど」
「命だけは、か……仮にここで降参したらどうするつもりなんだ?」
「そうだね……素直に敗北宣言を聞くには少し危険すぎるというのは先ほどの行動で身に染みたからね……」
神那先が気取ったような大袈裟な仕草で顎をつまむ。
「……そうだ、君には僕の式神に加わってもらおうかな」
「式神と言うのは貴様が呼び寄せていた召喚獣のことか」
「そう、そんなに大変なことじゃないよ。普段は闇の中でのんびりしていて僕が必要な時だけ出てきてくれればいい。うん、それが良い、それが僕らにとって最良な関係だよ」
神那先は良いことを思いついたというようにはしゃいでいる。
くだらない演技を、最初からそのつもりなのは明からだろうに。
「人間を式神にするのは神那先家歴代でも例がないけどきっと不可能じゃないよ。魂を取り出して符に憑依させることができるはず。君は魔王だからきっと史上最強の式神になれるよ」
「そんなことを俺が受け入れるとでも?お前の奴隷になるのなんて死んでもごめんだ」
「そうだろうね。僕だって誰かの言いなりになるのは嫌だ。だから結局はこうするしかないんだろうな」
神那先がグランセーバーを構える。
同時にその背後に幾体もの鬼が出現した。
どうやら遊ぶつもりはないらしい。
「まずは両手足を切るとするかな。君だったらそのくらいで死ぬことはないんだろう?そのあとでゆっくりと君を式神にするよ」
「相変わらず余裕だな。だが勝負がついていない時点で勝ち誇ると足をすくわれるぞ」
「ご忠告どうも!」
神那先が突っ込んできた。
光の刃が振り下ろされる。
しかし、その刃が届くことはなかった。
ギイン……ッ。
肩口に振り下ろされようとしたグランセーバーが鈍い音と共に弾かれる。
「!?」
とっさに飛び退った神那先の顔に驚きの表情が浮かんでいる。
「防御魔法かな?この期に及んで往生際が悪いね。金鬼、炎鬼!我が敵を打ち倒せ!」
2体の鬼がこちらに向かってきた。
しかしどちらも攻撃の手が届く前に雲散霧消する。
「なっ!?」
今や神那先の驚きは驚愕へと変わっていた。
「どうした?攻撃してこないのか?」
「……何をした?」
神那先がこちらを睨み付ける。
そこに先ほどまでの余裕はなかった。
「良い顔だ。ようやくお前の素の姿を見ることができたみたいだな」
「クソッ」
忌々しそうに舌打ちをする神那先。
「何故僕の攻撃が届かない!何をしたんだ!」
「お前は優秀なのだろう?そのくらい自分で考えるんだな」
「貴様……」
神那先が憎しみのこもった眼付きで睨みつけてくる。
やがて何かを思いついたように目を見開いた。
「……まさか……結界か!」
確かに優秀なのは間違いないようだ。
とはいえ気付いたとしても既に遅い。
「その通りだ。お前はこのビルに結界を施していたがその内部に新たに結界を展開した。それでお前の結界の効果が届かなくなったというわけだ」
「馬鹿な!そんなことができるわけが……第一どこにそんな時間が……」
「お前はまっすぐここに下りてきたのだろう?もう少し後をついてくるべきだったな」
神那先に指を立ててみせる。
その指から血が一筋滴り落ちた。
「な……ま、まさか……」
そこまで聞いて神那先の顔が驚愕に歪む。
「逃げながら結界を作っていたというのか!自らの血で!」
「その通り。ただ逃げ回っていたわけじゃないというわけだ。最上階からここまで我が血をもって魔法陣を描いておいた」
普通に魔法陣を描いていては神那先に気付かれて邪魔されるだろう。
そこで下へと逃げ回っていると見せかけて立体的に魔法陣を描いていったのだ。
これなら普通に追いかけてもただの血痕にしか見えない。
しかし、もし魔導士がはるか上空からこのビルを見下ろせばらせん状に続く血痕が魔法陣になっているのがわかるだろう。
しかも使っているのは自分の血、これならば神那先の結界にも対抗できる。
「き……貴様……」
神那先がグランセーバーを構える。
既に光の刃は消え失せて折れた刀身が力なく震えているだけだ。
「やめておけ。お前の言葉を借りるわけじゃないが結界の中で勝てる可能性はゼロだぞ」
「ふざけるな!」
神那先が吠える!
「ふざけるな!ふざけるな!僕が……この僕が負けるわけがない!僕は最強の陰陽師、そして勇者の魂をも持っているんだ!こんなことで敗北を認めてたまるか!」
その顔は憎しみで醜く歪んでいた。
おそらく今まで敗北を味わったことがないのだろう。
初めて体験する恥辱に今までの冷静さは消え去っていた。
現状を認識できずに子供のように駄々をこねることしかできない、これが神那先本来の姿なのだろう。
「それがお前の限界か」
憐れみすら感じて思わずため息が出る。
それが神那先の自尊心を刺激したようだ。
「貴様ァァァ!」
吠え声と共にグランセーバーを振りかざしてきた。
「無駄なことを」
指の一振りと共にその刀身が完全に砕け散る。
「しばらく反省しておくことだな」
神那先は衝撃波と共に壁まで吹き飛ばされ、気を失って崩れ落ちた。
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