第33話:勇者エルティア
「勇者、お前なんだな?」
「……はい、私は勇者エルティアです。今までこの者の奸計により封印されていました」
エルティアが答える。
姿かたちは神那先のままだが仕草は完全に女性のそれに代わっていた。
(エルティア!無事に復活できたのですね!)
エルティアに飛びいたエレンシアが目じりを勢いよく舐め始める。
「エレンシア……ありがとうございます。あなたのおかげでこうして意識を取り戻せました……しかし今は再会を喜んでいる暇はありません」
エルティアは真面目な顔つきに戻るとこちらを振り向いた。
「魔王バルザファル、事情は全てエレンシアから聞きました。あなたに助けられることになるのは心外ですが今はその是非を問う暇はありません。今すぐ私もろともこの者の命を絶ってください」
(エルティア!何故そんなことを!)
「エレンシア、再会できたのは本当に嬉しいのですが仕方がないのです」
抗議の鳴き声をあげるエレンシアにエルティアが悲しげに微笑む。
「この神那先という男は恐ろしい野望を持っています。彼は私の力を利用してまずこの街の実権を握り、いずれはこの国、この世界をも手中に収めようとしています。そしてそれはただの妄想で留まってはいません」
エルティアの頬を涙が伝う。
「私は……この者の暴力と恐怖を見てきました。いえ……見ていることしかできませんでした。この者は暴力を是として同じ性質を持つ者たちを集め、恐怖で他者を言いなりにしてきました。己の欲望のために人の命すら平然と奪ってきたのです!」
「まあそんなことだろうな。こいつらはこの街に深く巣食っている半グレどもだ。後ろ暗いことの10や20はやっているだろう」
「それどころではありません!この者の犯罪に対する知恵と献身は私の想像すら超えています!既にこの街の有力者はみなこの者と組織の息がかかっていると言っても過言ではないでしょう」
エルティアはそう言って恐ろしそうに身震いした。
「この組織はまず何も知らない若者たちを稼げるという謳い文句で誘い出し、小さな犯罪をさせます。それを脅しにしてやがて大きな犯罪を犯させ、あるいは麻薬に溺れさせて逃げられなくさせてから有力者たちに捧げているのです。そしてそれをまた脅しの材料にして己の力を増やしています」
それはだいたい想像がついていた。
半グレのやることといえな軽犯罪と組織犯罪のニッチを埋める犯罪だと相場が決まっている。
この街のみならず全国どこでも聞く話だが勇者として人の善意だけを見ながら生きてきたエルティアには衝撃だったらしい。
ともあれエルティアの話を聞く限り凶龍連合は半グレから組織犯罪へと進化しつつあるようだ。
「もはや何人の若い男女がこの者の贄となってきたのか……そしてその恐ろしさは邪悪さだけに留まりません。この者の持つ能力こそが危険なのです」
「陰陽術、という奴か」
「はい、あなたも先ほど体感したはずです」
エルティアが頷く。
「この者が使う陰陽術は我々の世界の召喚術と死霊術によく似ています。つまり魂の扱いを心得ているのです。今はまだなんとか拒否していますがこのままだといずれの私の魂を全て吸収してしまうでしょう。そうなればこの者は真の魔王となりその力は魔王バルザファル、あなたおも凌駕するかもしれません」
「待て、今なんと言った?」
「この者が私を吸収すればあなたをも超える魔王になります」
「……勇者、言葉を選べよ。こいつが俺を凌駕するだと」
流石にその言葉は看過できない。
魔法を使う者がほぼ存在しない世界の人間が魔王を超えるだと?そんなことあるはずがない。
「いえ、あり得ます。この者の一族は千年以上知識を積み上げ、術を練り上げているのです。その蓄積によって実行される魔法は魔族にも匹敵します」
言われてみればその通りかもしれない。
この世界では魔法を使わない代わりに科学技術がそれこそ魔法のように発達している。
もしこの世界の技術と同じように魔法を研鑽しているものがいたとしたら……千年という時間の重みは軽んじない方がいいのかもしれない。
「それ故に今、なのです。この者はまだ私の力を吸収しきっていません。今のうちにこの者の命を絶ってください」
「お前の言いたいことは分かった。不穏の芽を摘むのは早いに越したことはないのも確かだ」
(駄目です!)
エレンシアが割って入ってきた。
(エルティアもろとも命を絶つなんて、そんなことは許せません!)
「エレンシア、どうかわかってください。この世界の人々を護るためなんです」
(それでも……それでもです!正義のためとはいえ勇者であるあなたが他者の命を終わらせることを是とすることは許せません。ましてや自分の命を犠牲にするなんて!)
一心同体と思われた勇者と女神にも意見の相違があるらしい。
思えば確かに勇者はその戦いから見てもわかるように直情的な傾向があった。
対して女神はあくまで博愛主義、どこまで行っても人命優先だ。
おそらく今までも意見の対立があったことだろう。
エレンシアがこちらを向いた。
(他に方法があるはずです!魔王であるあなたならきっとできます。エルティアをこの男から救い出してください!)
「できるはずと言ってもなあ……」
先ほどの勇者の言葉には認めざるを得ないところもある。
確かにこの神那先は危険な男だ。
魔法を使えるということは少なくとも現在この世界で唯一脅威となる存在であるとも言える。
ならば今のうちに息の根を止めておいた方が得策というもの。
「しかしまずは勇者が封印された方法を調べないことには解放もできないからな……そのためには一旦この男から情報を引き出さなくてはいけない……ということは目覚めさせる必要がある」
しかし神那先が大人しく言うことを聞くわけがない。
「やはり殺してしまった方が手っ取り早いか?」
(そんな!)
「とはいえ勇者の頼みを大人しく聞くのは魔王としての矜持が許さない部分もあるな」
さんざん命のやり取りをしておいてなんだが勇者に死を願われるのは今までの戦いを否定された気がしてくる。
魔王と勇者の戦いは不相応な野望を抱く小男の横槍で崩されていいものではないはずだ。
「……仕方ない、まずはこの男を封印しておくか。勇者のことについてはその後で考えよう」
その言葉にエレンシアが目を輝かせた。
(本当ですか!?ありがとうございます!)
「こちらとしてもそうしてもらうと助かるよ」
突然の言葉と同時にエレンシアの体を光の刃が貫いた。
「!?」
(……な、何故……)
「やれやれ、僕としたことが油断したよ。まさか女神が猫の姿になっていたとはね」
神那先がゴミでも振り払うようにグランセーバーからエレンシアを振り落とす。
そこには先ほどまであったエルティアの悲痛な面持ちは欠片も残っていなかった。
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