第30話:陰陽師

「君たちがいた世界の勇者は魔法が得意ではなかったようだから油断したみたいだね」


 得意げにうそぶく神那先の背後に魔素の揺らめきが見える。


 集まった魔素が異形の人型となっている。


 額に二本の角を生やしたオーガが宙に浮かびながら神那先に付き従うようにこちらを睨み付けている。


「貴様……召喚士だったのか」


「こちらでは陰陽師と言われてるけどね。日本歴代最強の陰陽師と言われる安倍晴明は十二体の鬼を使役していたと言われている。そして神那先家は安倍晴明の遠縁にあたるんだよ」


 神那先が指を鳴らすと鬼は虚空に消えていった。


「当然この僕も鬼を使える。これで魔法を使えるという君の優位性アドバンテージはなくなったわけだけど、まだやるつもりかい?」


「当然だ。あの程度の攻撃で怯むとでも思ったのか」


 もちろんこれくらいの攻撃で引き下がるつもりは毛頭ない。


 それに神那先が魔法を使えるのは予想外ではなかった。


 勇者の魂を所有している以上、魔法に対する何らかの影響を受けていたであろうことは予想できたからだ。


 しかし神那先が元から使えていたというのは意外だったと認めざるを得ないだろう。


 陰陽師と呼ばれる存在があったのは森田衛人の記憶で知っていたものの、現実における陰陽師は祈祷師以上のものではないという認識だったはずだ。


 まさかこの世界に魔法を使えるものがいたとは……


 どうやらここには学生の知識では知りえない世界が存在しているようだ


「そう来なくちゃね。実を言うと僕も折角の能力ちからを使いたくてウズウズしてるんだ」


 神那先が左手で印を結ぶ。


「……今度はこっちから行かせてもらうよ!救急如律令、炎鬼よ来りて我が敵を燃やし尽くせ!」


 室内の魔素が一気に濃くなったかと思うと再び鬼の形をとる。


 全身真っ赤な鬼がこちらを睨み付けたかと思うと炎の吐息を吹き出した。


「クッ、対魔法障壁アンチマジックシールド!」


「遅いよ」


 対魔法障壁の下をかいくぐるように突っ込んできた神那先が逆袈裟に剣を切り上げた。


 胸に熱い衝撃が走る。


 とっさに飛び退ったおかげで致命傷は免れたものの、ざっくりと切り裂かれた肩口からおびただしい量の鮮血がほとばしり出た。


 しかしこの程度の斬傷は自動治癒で瞬く間に治る。


「流石は魔王、これくらいじゃすぐに治ってしまうんだね。でもこれで彼我の戦力差は把握したよ。君では僕に勝てない」


 グランセーバーを構えた神那先が冷たい笑みを浮かべる。


「剣技の実力差は明らかだし君が頼りとする魔法も聖剣グランセーバーが無効化する。はっきり言って君に勝ち目はないだろう……とは言え腐っても魔王、どんな隠し玉を持っているかもわからない。だから僕も出し惜しみはやめておこう」


 神那先が素早く胸元で印を結んだ。


「木鬼、炎鬼、金鬼、水鬼、風鬼、我が要請に従い顕現せよ!」


 その言葉を合図に周囲に5体の鬼が現れた。


「これで遠近、攻防ともに完璧となった。それじゃあ遠慮なく行かせもらうよ……金鬼!」


 一体の鬼が金棒を振り上げて突っ込んできた。


 とっさに鉄パイプで防いだが重い衝撃に体が軋む。


「隙あり!」


 その鬼の体を貫きながらグランセーバーがこちらに向かってきた。


「グウッ」


 わき腹に焼けた鉄棒を突っ込まれたような衝撃が走る。


 斬られるたびにグランセーバーが生命力を吸い取っているのだ。


「凄いな。一突きしただけで再びグランセーバーの力がフル充填されたよ。流石は魔王、凄い生命力だね」


 神那先が無邪気に笑う。


「……自分が使役する魔獣を捨て石に使うのか。腕に自信がある割にずいぶんと卑劣な手を使うんだな」


「戦法と言って欲しいね。それに式神は別に生きてるわけじゃない。また呼び出せばいいだけの話さ。それよりも続きといこうじゃないか……木鬼!その力を持って敵を拘束しろ!」


 土気色をした鬼の指が蔓のように伸びて襲い掛かってきた。


旋風刃サイクロン!」


 魔法で生み出した風の刃が蔓を切り裂いていく。


「炎鬼!風鬼!」


 バラバラに切り裂いた蔓に火がついたかと思うと旋風が巻き起こった。


 炎の旋風が周囲を包みこむ。


流水壁ウォーターシールド


「無駄だよ。水鬼、この空間の水を禁じよ」


 水の防壁を生み出そうとしても出てこない。


「そういえばまだ言ってなかったね。僕はこの建物全体に結界を施している。言うなればここは僕の領域なんだ。魔法でやりあっても君が勝つことはあり得ないよ」


 どおりでさっきから魔法の出力が弱いわけだ。


「君の性格的に実力の違いをはっきりと見せておく必要がありそうだからね。気の毒だけどその身をもって体験してもらうよ」


 炎の壁の向こうから神那先の声がした。


 同時に焼けつくような殺気が体を貫く。


 不味い、これは避けなくては不味い。


 魔王としての勘なのか、森田衛人の持つ生存本能なのかわからないが次に来る攻撃は危険だと何かが告げている。


高位防御魔法ハイレベルシールド!」


「神那先流太刀術奥義、焔斬り」


 炎の壁が消えた。


 いや、消えたのではない、一瞬でグランセーバーに吸い込まれたのだ。


 そう認識した時には胴体を深く切り裂かれていた。


 全身から生命力が抜けていく。


 急速に狭まりゆく視界の奥にグランセーバーを構えた神那先が見えた。


 とどめの一撃を放つつもりらしい。


 自信満々だというのに油断のないことだ。


 だがこちらも座して死を待つつもりは毛頭ない。


 震える舌でなんとか詠唱を行う。


「……砂塵嘯サンドウェーブ


 部屋の中に砂嵐が巻き起こった。





    ◆






「ヒュウ、まだこんな魔法を使う力が残っていたんだ」


 砂嵐を切り裂きながら感心したように口笛を吹く神那先。


「無駄な足掻きだってことは自分も分かっているんじゃ……」


 神那先の言葉が止まる。


 砂嵐が消えた先に森田衛人の姿はなく、代わりに床に大きな穴が開いていた。


 どうやら下の階へと逃げていったらしい。


「魔王という割にはなかなかどうして生き汚いことで」


 神那先は余裕の笑みを浮かべながら躊躇なく穴の中に飛び込んでいった。


 下階にも森田衛人の姿はない。


 それでも神那先は森田衛人の行き先を知っているかのように一直線に走り出した。


「逃げたって無駄なんだけどね。ここは僕の結界内なんだから……なに?こんなことはもうやめろ?面白いことを言うじゃないか」


 走りながら神那先は姿の見えぬ何者かに話しかけていた。


「魔王を倒すのは勇者である君の悲願なんだろう?だったら僕と手を組むのが最善なんじゃないかい?そもそも拒否しても無駄なことだけどね」

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