第29話:勇者の魂

(そんな……!あり得ません!)


 エレンシアの叫びが頭の中に響き渡る。


(落ち着け、奴の言葉にいちいち動揺するな)


(で、でも……勇者が……勇者までこの世界に来ているなんてことが……)


(残念だが奴の言っていることは事実だ)


 猫になったエレンシアにはわからないかもしれないが、神那先の胸に埋め込まれた勾玉からは勇者エルティアの存在を発している。


「僕はこの世界の陰陽師、君たちの世界で言うところの魔導士とでも言ったらいいのかな、とにかくそういう家系の出でね。そういう古臭いしきたりにうんざりして家を出てここにいる吐影たちとつるんでいたんだけど今回ばかりはその出自に助けられたよ」


 神那先が得意げに話を続けた


「あれは確か、2~3か月前だったかな。運悪く僕は敵対する組織の襲撃にあって瀕死の重傷を負ってしまったんだ。誰もいない裏路地に捨てられてね、もう駄目だと思った時に空から光が降ってきたんだよ」


 2~3か月前と言えば俺がこの世界に転生したタイミングとも合っている。


「先ほども言った通り僕は陰陽師の出だから魂が入りこんできたのはすぐに分かった。普通の人間だったらそのまま肉体を乗っ取られていただろうね。でも運が良いことに僕にはこれがあったわけさ」


 神那先はそう言って胸の勾玉を指で突いた。


「これは式神を封じるための呪具でね、家を出る時に餞別としてせしめておいたことをこれほど感謝したことはないよ。これがなければ今頃この身体を乗っ取られていただろうね。ただ勇者の魂が強力過ぎて勾玉では抑えきれずに僕の体も依り代にせざるを得なかったんだけど、これは嬉しい誤算だったかな。こうして聖剣も使えるようになったわけだから」


「つまりこういうことか。お前はその勾玉を仲介して神那先の魂と肉体を共有していると」


「察しが良くて助かるよ」


 神那先が満足そうに頷く。


 これならば神那先が聖剣を使えるのも納得がいく。


「そして勇者の魂がお前の生命力が聖剣に座れるのを防いでいるという訳か」


「そういうこと。ただしそうすると今度は聖剣本来の力を発揮できないというジレンマも生まれる。聖剣は生命力を攻撃力へと転化するからね。だからこいつらを利用したという訳さ」


 神那先はそう言って聖剣で床に倒れ伏した男たちを指し示した。


「こいつらは無駄に精力だけはあるからね。この剣の糧にうってつけというわけさ。まだ死んでははいないけど、数日は動けないんじゃないかな」


「味方の振りをして利用していたという訳か。小賢しいことだ」


「有効活用と言って欲しいね。こいつらは生きていても碌なことをしない奴らばかりだ。それなら僕がその力を使ってやった方が社会の為にもなると思わないか?」


「くだらないな。お前の主張もこいつらの境遇も全く興味がない。だからお前らが何をしようと関係ないことだ。が、そういう訳にも行かなくなった」


 そう言って神那先を指差す。


 正確にはその胸に埋め込まれた勾玉を。


「お前の中に勇者の魂がある以上このまま無視するわけにはいかない」


「へえ、どうするというんだい?」


 神那先の眼がすうっと細くなった。


 柔和な顔はそのままに身にまとう気配に殺気が増していく。


「知れたことだ。その身体から勇者の魂を引きはがさせてもらう。勇者は俺にとって天敵とも言える存在だ。そんな者を自由にさせておくわけにはいかないからな。ついでにその剣も預からせてもらおう」


「それは困るね。勇者の魂はもはや僕と一心同体、そう簡単に切り離せるものじゃないんだ。それに、この力を奪われるなんてそれこそ受け入れるわけにはいかないね」


 神那先はそう答えると聖剣を構えた。


(あれは……エルティア?)


 腰だめに剣を据える正眼の構えは思わずエレンシアがそう呟くほどに勇者エルティアのそれと酷似していた。

 

 それだけで神那先が尋常ではない技量の持ち主だと分かる。


「ほう……その構え、ただの優男ではないようだな」


「こう見えて子供の頃から武芸全般は叩きこまれているんでね。自慢じゃないけど凶龍連合の中で僕に敵う相手はいないと思うよ」


「しかし折れた剣ではいささか心もとないんじゃないのか?」


「この剣の刃が飾りに過ぎないということは君が一番知っているんじゃないかな?」


 神那先の言葉と共に折れたグランセーバーから光輝く刀身が現れた。


 意力顕刃、グランセーバーが持つ固有能力の1つで吸い込んだ生命力を刃として顕現させる。


「ここにいる連中のおかげでグランセーバーの生命力は満タンになってる。遠慮なくいかせてもらうよ」


「……備えは完璧という訳か。ならばこちらも何か得物を持たせてもらうとするか」


 床に落ちていた鉄パイプを拾い上げる。


「魔杖の代りにはならないがないよりはマシだろう。」


「もう一度聞くけど、本当に僕とやり合うつもりなのかい?こう言っちゃなんだけどこちらは勇者の魂に加えて陰陽師としての僕の技量もある。魔王と言えども人間の体に押し込められた君に勝ち目があるとは思えないんだけどな」


「その程度はちょうどいいハンデというもの……だ!」


 鉄パイプの先に生み出された火球が神那先に襲い掛かる。


「だから無駄だって」


 火球は神那先の目の前でかき消えた。


 剣を振るうまでもないということか!


「今度はこっちの番だ!」


 神那先が突っ込んできた。


 ビルごと両断しそうな重く鋭い一撃をなんとか鉄パイプで受け止める。


 衝撃で足の裏のタイルがひび割れた。


「へえ、あれだけの間に鉄パイプに魔力を込めていたんだ?流石は魔王だね」



 受け止めた鉄パイプがギリギリと押し込まれていく。


 神那先は勝利を確信しているかのように余裕だ。


「殺すつもりはないけど僕に逆らう気力がなくなるまでは痛めつけさせてもらうよ。君の魔法なら手足の2~3本断ち切っても回復できるんだろ?」


「舐め……るなぁっ!」


 鉄パイプで剣を流してがら空きになった顔面に手をかざす。


 この距離で撃ち込む魔法ならグランセーバーでも消せはしないはず。


「爆ぜろ!爆裂……」


「救急如律令。風鬼よきたりて我が敵を吹き飛ばせ」


「なっ!?」


 突然室内に巻き起こった突風に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


 衝撃で肺の空気が全て吐きだされて床に膝をつく。


 この男、魔法まで使えるのか?


「驚いただろう?君は魔法を使えるのは自分だけだと思っているようだけど世界は広いんだよ」


 グランセーバーを構えた神那先が静かにほほ笑んだ。

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