第28話:神那先
「と、吐影さんっ?」
「神那先さんが?なんで?」
床の上でピクリとも動かなくなった吐影の姿に部屋の中が騒然となっている。
しかしそんなことはどうでもいい。
先ほど神那先が放った一言は流石に聞き捨てるわけにはいかなかった。
「……今、なんと言った?」
「なにって、君にはよくわかっているんじゃないのかな」
神那先の顔には変わらぬ笑顔が張り付いている。
しかしその眼は全てを見透かしているかのようにこちらを見据えていた。
この男は何をどこまで知っているんだ。
俺が魔王バルザファルであることを知る者はこの世界広しと言えども猫となった女神エレンシアだけだ。
他に知っている者がいるとすればそれは……
「神那先ィッ!」
吐影 龍二と龍三が神那先に掴みかかっていった。
「てめえ、兄貴に何しやがった!」
「兄貴を裏切ろうってんじゃねえだろうなぁっ!」
「うるさいなあ」
血相を変えて詰め寄る2人に神那先は煩わしそうに手を振ってみせる。
「はがっ」
「ぐうっ」
振り払われた虫のように2人は床に崩れ落ちた。
「りゅ、龍二さんと龍三さんまで!?」
「神那先さん、こ、こりゃあ一体どういうことですか?」
「あんた、凶龍連合を裏切るつもりなのかよ!」
「お、俺たちどうすりゃいいんだ?どっちに付けばいいんだよぉ!」
異常事態に室内は恐慌寸前になっている。
「参ったな。これじゃあ静かに話すどころじゃないじゃないか」
そんな室内の様子に神那先は眉を微かに潜めるとアタッシュケースの中に手を入れた。
神那先のアタッシュケースから出てきたそれは我が目を疑うのに十分な物だった。
刀身が中ほどで折れてはいるがその柄を見間違うはずもなかった。
聖剣グランセーバー、エレンシアの言っていたことは本当だったのか!
「ちょっと待っててくれるかな、今大人しくさせるから」
神那先が微笑みながらグランセーバーを高く掲げる。
(ま、待ってください!それは……!)
エレンシアの叫び声で背筋に冷たい物が走る。
まさかこの男、グランセーバーの力まで使えるというのか!
「
「
神那先の声を合図にグランセーバーの柄に埋め込まれた宝玉がまばゆい光を放つ。
「うっ……」
「な、なんだ……?急に力が……」
光を浴びた男たちがバタバタと倒れていく。
(あの力はまさしく聖剣グランセーバー!何故……あの者が!)
エレンシアが悲痛な叫び声をあげる。
周囲の生命力や魔力を吸収して断ち切る力へと変える剣、それがグランセーバーの正体だ。
その力故に魔剣と恐れられていたこともある。
今も防御魔法を張っておかなければ森田衛人の肉体では即座に生命力を吸収されて立っていることも叶わなかっただろう。
しかし稀に聖剣の持つ吸収能力に抵抗性を持った人間が生まれることがある。
その者が振るえば魔族に対して脅威とも言える武器となりえる。
勇者とはグランセーバーの吸収能力に抵抗できる人間のことを指すのだ。
「……何故貴様がグランセーバーの力を使える」
「ハハ、その名前を知っているということはやっぱり君が魔王バルザファルなんだね!」
神那先が嬉しそうに笑う。
「確かに普通の人間がこの剣を使えば真っ先に生命力を吸収されてしまい、最悪死ぬことだってあり得る。でも僕はそうじゃない、つまりその答えはおのずとわかってくるんじゃないかな?」
「ふざけたことを……
刃の切れ味を持った風が神那先に襲い掛かる。
が、神那先がグランセーバーを掲げた途端に風の刃は文字通り雲散霧消してしまった。
「この剣に魔法が効かないのは君が一番わかってると思うんだけどな」
思わず舌打ちがこぼれる。
魔法の原理すら切ってしまうのが聖剣の厄介なところだ。
「さっきも言ったけど僕は別に君と争うつもりはないんだよ。このまま大人しく引き下がってくれれば何もしない、約束するよ」
神那先が大袈裟に腕を広げてみせる。
「むしろ君とは協力関係でいたいと思ってるくらいだ。もちろん上下関係じゃなく対等な立場としてね。どうだい?そちらの事情を知っている僕が力を貸すのは君にとってもメリットが大きいとは思わないかい?」
「……それは貴様がその剣をどうやって手に入れたのか、何故俺のことを知っているのか話してからだ」
「この剣はある日僕の目の前に降ってきたんだよ。そして剣を手にした途端に君がいた世界の情報が頭の中に流れ込んできたんだ。この剣の使い方も同様にね」
神那先は目を輝かせながらグランセーバーを掲げた。
「知った時は驚いたよ。まさか本当に異世界があるなんて!まるで小説やアニメの話みたいじゃないか!そしてその時に君の正体も知ったというわけさ、魔王バルザファル。いや、今は森田 衛人と言うべきなのかな」
そう言って神那先は笑顔と共に右手を差し出してきた。
「ともかく僕が君の正体を知っている、それが全てを物語っていると思わないか?そしてだからこそ僕は君と争う気はないんだ。僕は勇者じゃないから魔王と戦う義理もないしね。どうだい?ぼくらで協力してこの世界で自由に生きてみないか?僕は凶龍連合で培った人脈とこの世界で生きるノウハウを提供する、君は僕にほんの少しだけ力を貸してくれればいい」
「断る」
右手を差し出しかけた神那先の動きが一瞬止まる。
「……ずいぶんと早い返答だね。少しは考えてみてもいいんじゃないかな?」
「考える?そんなものは必要ない。魔王は取引などしないからだ。特に隠し事をしている相手にはな」
その言葉に微かに神那先の顔が強張る。
が、それも一瞬のことですぐにいつもの柔和な表情へと戻っていった。
「僕が隠し事?君に何を隠すと?」
「何もかもだ。貴様は自分を勇者ではないと言ったがその剣を使えるのは勇者だけだ。そこから導き出せる答えは1つしかない」
そう言って神那先に指を突き付ける。
「お前の中にあるのだろう?勇者の魂が」
うすうす分かっていたことだ。
俺がこの世界に飛ばされた時に周囲にいた女神と勇者の魂も飛ばされてきたのだ。
そしてこの世界でたまたま死にかけていた肉体へと入っていった。
俺の魂は森田 衛人に、エレンシアは猫のシロに……そして勇者エルティアは……
「……ハハッ」
神那先が破顔する。
「そこまでわかっているんだ!やはり君は魔王だけあって聡明だね!」
そう言って神那先がシャツの胸をはだけた。
その真っ白な胸が鮮血で輝いている。
いや、鮮血のように見えたのは血のように赤い勾玉だ。
勾玉が神那先の胸に埋め込まれていた。
「いかにも勇者の魂はここにあるよ」
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