第31話:作戦
「クソ、あいつめ……容赦なく斬ってきたな……本当に法治国家に属する人間なのか」
薄暗い部屋の中で切り裂かれたシャツとパーカーを脱ぎ捨てる。
傷口は治りかけているものの完全には塞がっておらず、滲むように血が出続けている。
グランセーバーの切り傷は治りにくいのだ。
砂塵で目くらましをした直後に破壊魔法で床を崩して下階に逃げることに成功したものの、今は身を隠すのが精いっぱいだ。
(逃げましょう、今はそれしか方法がありません!)
くっついてきたエレンシアが必死に訴えかけている。
「ニャアニャアと鳴くな。居場所がばれるだろうが」
そうは言ったものの神那先はこのビル全体に結界を張っていると言っていた、隠れていても見つかるのは時間の問題だろう。
(し、しかし……この状況でどうしようというのです!あなたの魔法は効かず、勇者の魂は彼の者が手の内にあるのですよ!ああ、勇者エルティア!何という姿に!)
「だから騒ぐなと言ってるだろうが。だがそこに打つ手がある」
(
「ああ、奴が勇者の魂と融合している。それが鍵だ」
口を抑えられながらモゴモゴと聞いてくるエレンシアに頷く。
「この状況で厄介なのはあの神那先という男が奴自身の魔法に加えて勇者の魂を利用してグランセーバーを使えるという点だ。だったら片方を使えないようにしてやればいい」
(……しかしどうやって……?)
「簡単なことだ。奴の魂の中に入り込んで融合している勇者の魂を活性化させてやればいい。生真面目な勇者のことだ、奴の所業には据えかねているはずだ」
(そ……それは確かにそうかもしれませんが……ではどうやってあの男の魂に入り込むというのですか?)
「何を言っている、それをやるのはお前だぞ」
(……は?)
「元々お前は勇者と力を合わせていたではないか。だったらその魂に呼びかけるのにお前ほどの適任はいないだろ」
(む、無理です!私にできるわけがありません!)
エレンシアが前肢を振り回しながら拒絶する。
(今の私はただの猫なのですよ!こんな私に何ができると言うんですか!)
「だったらお前は勇者があのままで良いと思っているのか?」
(っそ、それは……)
「人間ながらあの男の魔力は強大だ。今の勇者の魂では自力で抜け出すことなど不可能だろうな。いずれあの男に魔力だけ吸い取られて魂は擦り切れてしまうぞ。それでも良いというのか?」
「そんなことっ……でも……どうやって私が……ただの猫でしかないのに」
エレンシアがしょんぼりとうなだれる。
「安心しろ。俺もただ思い付きで言っているわけではない。ちゃんと考えがあってのことだ」
そう言って首にかけていたネックレスをエレンシアに見せた。
ネックレスに付けられた
「俺はこの世界に来てからずっとこの石に魔力を注ぎ込んできた。言うなればこれは魔石だ。これがあれば猫の姿になったお前でも本来の魔法を使えるはずだ。お前の魔法なら勇者を呼び起こすこともできるだろう」
(た、確かにこれほどの魔力を持った魔石は久しぶりに見ました。これなら私の魔法も使えそうです。それでも……)
エレンシアが言い淀む。
(魂に接触する魔法は対象に触れあう必要があります。そのためにはあの者の動きを止めなくてはいけません)
「それは俺に任せておけ。必ず隙を作ってみせる。お前は合図を送ったらすぐに動けるようにしておけ……もう来たか」
近づいてくる魔力の波動を感じる。
急ぐ様子がないのは逃がすわけがないという余裕からだろう。
だが今はその余裕がこちらにとってもメリットだ。
「とは言えもう少し時間が欲しいな。また距離を取るぞ」
破壊魔法で床に穴をあけて更に下へと降りる。
直線的に追いかけられないように部屋を移動しつつ更に下へ下へと降りていった。
(……いんですか)
後をついてきながらエレンシアが何かを叫んでいる?
「なんだ、何を言っている」
(あなたはそれでいいんですかと言ったんです!あなたは勇者エルティアの魂を目覚めさせる手助けをすることになるんですよ!)
「そんなことか、別に構わんよ」
首元をつまみ上げたエレンシアを腕に抱えながら答える。
「敵の敵は味方、という言葉もあるだろう。勇者は確かに敵だったが今の相手は神那先だ。奴を倒すためなら勇者に与することもやぶさかではないさ」
実のところ勇者の魂を目覚めさせたところで果たしてこちらに協力するかどうかは正直未知数だ。
それでも今はこれに賭けるのが最善、というかこれくらいしか手がない。
「もう少し時間稼ぎが必要なんだがな……」
(?……今何か言いましたか?)
「別に。それよりも着いたぞ。ここで奴を迎え撃つ」
ひたすら下へと降りていって遂に最下層である地下駐車場に辿り着いた。
工事の途中で遺棄されているからがらんとした空間だ。
「ここなら……」
「誰にも邪魔されずにやり合える、そう言いたいんだね」
「……!」
背後から聞こえる声に振り返るとそこにはグランセーバーを手にした神那先が立っていた。
(そんな!既に追いつかれているなんて!)
エレンシアが絶望の叫び声をあげる。
「……ずいぶんと早かったな」
「君たちの足取りを辿ればここに向かうことは一目瞭然だったからね。真っすぐ降りていけば先んじられるのは当然の帰結だろう?君たちはずいぶんと寄り道をしていたようだからね」
頭上から降りてくる淡い光がスポットライトのように神那先を照らしている。
どうやら最上階からまっすぐ床を切り抜きながらここまで降りてきたようだ。
「何かを企んでいるみたいだけどこれで君たちの時間的優位性は消えた。そしてここなら逃げることもできない。さあ改めて決着をつけようじゃないか」
(ど、どうするんですか!こっちは何も準備していないですよ!)
エレンシアが焦るのも無理はない。
先に辿り着いていれば罠を仕掛けることもできたはずだ。
しかし神那先にはそこまで読まれていた。
余裕の表情からするにこの地下も奴の結界内なのだろう。
まさに絶体絶命の状況だと言えた。
ここまで追い詰められたのは勇者との最後の戦い以来だ。
それでも引くという選択肢はなかった。
(いいからさっさと隠れていろ。計画に変更はない)
(で、でも……)
(黙って言うことを聞け。ここまで来た以上選択肢は1つだけだ。俺を信じるか信じないか、どちらかを選べ)
そう、状況がどうであれやることは変わらないのだ。
(……わかりました)
小さく頷くとエレンシアは肩から飛び降りて駐車場の巨大な柱の裏へと走り去っていった。
「……信じるか信じないかは俺も同じか……まさかかつての仇敵に命運を託す羽目になるとはな」
「なにか言ったかい?」
目の前では神那先が剣を構えている。
「何でもない、さっさと始めるぞ」
そして最後の戦いが始まった。
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