第25話:凶龍連合の秘密

(まったく……なんで私がこんなことを……)


 今は白猫のシロとなったエレンシアはブツブツと呟きながら人気のない廃マンションの中へと潜り込んでいった。


 衛人が襲撃者に忍ばせた魔道具は建設途中で遺棄されたこの廃マンションを最後に反応を消していた。



(ハァ……何故私が魔王の使い走りのような真似を……しかし助けてもらった手前断るわけにも……)


 ため息をつきながらエレンシアは剥き出しになった鉄骨の上を音もたてずに移動していった。


 廃ビルから100メートルほど離れた場所に衛人が待機しているが今この場にいるのはエレンシアだけだ。


 しかも身を守ってくれるような魔法具は一切ない。


「魔法具の反応が消えたということは連中の中に魔法を使える者がいる可能性がある。魔法具を携帯するのは危険だ」


 衛人がそう言っていたが猫の肉体だけでは心細いことこの上ない。


 元々の用心深い猫の性質も相まってエレンシアは影のように身を潜めながらビルの中を偵察していた。


 この廃マンションは10階ほどの高さで外壁工事が終わったところで資金難からジョイントベンチャーが空中分解してしまい、内部工事は途中のままで放棄されている。


 窓に目張りがされているために外から中の様子を見ることはできないが、内部に入ってみればそこは半グレ集団・凶龍連合の一大拠点となっていた。


 1階は厳重に封鎖されていて入り口という入り口に見張りが立っている。


 2階部分は倉庫になっていて雑多なものがうずたかく積み上げられていた。


 中には木刀やナイフ、果ては巨大な斧など物騒なものまである。


 3階部分は宿舎になっていてどの部屋にも粗末な二段ベッドが押し込まれ、数名の男女が高いびきでで寝ていた。


(なんだか元の世界の兵舎を思い出しますね。こんなに汚くはなかったですけど)


 エレンシアは部屋の中を覗き見ながら4階へと登っていった。


(あれは何をやっているのでしょう……?ここではお薬を作っているのでしょうか?)


 鉄骨を伝い歩きながらエレンシアは小首をかしげた。


 眼下ではマスクと手袋姿の女たちが色んな粉を混ぜ合わせては錠剤の形に成型している。


 乾かした草を細かく刻んで小さな袋に詰めている者もいた。


(兵舎だと思っていたら薬局だったのでしょうか?ともあれ何か変わったものは特に見当たりませんね)


 衛人からは魔道具が反応しなくなった理由を調べるのと同時に犯罪の証拠になるものを集めて来いと言われている。


 しかし今のところそれらしきものは何も見当たらない。


(本当にここで合っているのでしょうか……?ああ見えて粗忽なところのある魔王のことですから何か見落としているのかもしれませんね)


 そんなことを考えながらエレンシアは廃マンションの探索を続けていった。


 更に上の階では男たちが何やら分厚い紙の束をいじくっていた。


 束ねられた紙が幾つもにテーブルに積まれている。


(あれは……!……一体何なのでしょう?あんなにたくさんの紙を何に使うのでしょうか?)

 紙幣を知らないエレンシアには何故男たちが慎重に紙を数えては厳重に金庫にしまっているのか全く理解できない。


(あの紙はどことなく守護のお札にも見えますね?だとするとここは教会なのでしょうか……)


 やはり怪しいものは何も見当たらない。


(兵舎に薬局に教会……どこにも犯罪を思わせるものはありませんね。むしろこれだけの設備が揃っているのはまるでお城のようですらあります。だとすると……やはり重要なものは最上階でしょうか!)


 エレンシアはひたすら上を目指し、遂に最上階へと辿り着いた。


(おや、人の声が……)


 最上階の一番奥から人の声が漏れ聞こえてくる。


 エレンシアは天井裏に飛び移ると密やかに奥の部屋へと近づいていった。


「森田の奴を放っておくだと!神那先てめえ、本気で言ってんのか!」


(ひええっ!)


 突然響き渡った怒号に思わずエレンシアは足を踏み外しそうになった。


 すぐ下では凶悪な雰囲気をまとった男がほっそりした若者の胸ぐらを掴んでいた。


 凶龍連合の首領、吐影 龍とその右腕である神那先だ。


「落ち着きなよ、龍」


 今にも殺されそうな状況だというのに神那先は全く焦っていない。


「別に手を引こうというわけじゃないんだ。ただあの男の正体が掴めていない状態で手を出すのは得策じゃないってことさ」


「正体だあ?奴はただの学生じゃねえか!多少腕と頭はあるようだが、それだって数で押し切っちまえば関係ねえだろうが!」


「ただの学生じゃない、と言っただろ?」


「ハッ!またそれかよ!奴がわけのわからねえ力を使ってるってか!?それも奴が仕込んだって言ってたよなあ!」


 神那先の言葉を笑い飛ばすように吐影がテーブルを指差す。


(あれは!?)


 その指が差し示すテーブルを見てエレンシアは目を剥いた。


 テーブルの上には……安物のデジタル時計が幾つも転がっていた。


 かすかな魔法の残滓がその時計は衛人の作った魔法具であると告げている。


「確かにこれは襲撃班の服に仕込まれていたがよお、ただの安物の時計だったらしいじゃねえか」


 吐影の言葉に傍らで時計をいじくっていた男が頷く。


「ばらしてみましたが怪しいものは何も仕込まれてないです。どこにでも売ってる普通の時計すよ。盗聴器どころかGPSすら仕込まれてないっす」


「確かにそうだろうね。普通の人だったらただの時計にしか見えないと思う。でもこうしたら……」


 神那先はそう言うと肌身離さず持ち歩いているアタッシュケースから何かを取り出した。


「なっ!?」


「こ、こりゃあ……?」


 周囲にいた男たちから驚きの声が上がった。


 机の上に置かれた時計からまばゆい光の紋章が浮かび上がってきたからだ。


「ど、どうなってんだ?」


「僕も原理はわからないけどね、でもこれでただの時計じゃないのははっきりしただろ?森田がこの時計に何かを仕掛けてるのは間違いない。そしておそらくこの場所も……誰だっ!」


 天井からした物音に神那先が鋭い声を発する。


「誰かいやがるのかっ!?」


「フニャーッ!ニャニャニャニャアッ!」


 天井裏から猫の鳴き声と共に小さなものが逃げ出す足音が響いてきた。


「なんだ猫かよ、驚かせやがって」


 吐影が安堵の息を漏らす。


 しかし神那先は何かを気にするように天井を見つめ続けていた。


「……念のため周囲を監視させた方が良いかもね。可能なら今の猫も捕まえたい」




 その頃、エレンシアは一心不乱に廃マンションを駆け下りていた。


(なんで……なんであれがあそこに……!)


 エレンシアには今見たものが信じられなかった。


 しかし……あの神那先という男が取り出したものは、間違いなくエレンシアのよく知るものだった。


(なぜ……あの男が持っているのですか……聖剣グランセーバーを!)

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