第26話:決闘

「聖剣グランセーバーだと!?」


 息も絶え絶えに戻ってきたエレンシアの報告は耳を疑うものだった。


 聖剣グランセーバー、勇者エルティアの持つ愛剣であり森羅万象を断つと言われる最強の武具でもある。


 あの剣には何度煮え湯を飲まされたことか……


「本当にグランセーバーだったのか?」


(は……はい……間違いありません)


 息を切らしながらエレンシアが頷く。


(何よりあなたの魔道具が反応していました。これ以上の証拠はありません)


「そんなことがあり得るのか……」


 この世界に魔法はないと高をくくって対魔法防御を施していなかったのが仇になったようだ。


 グランセーバーの持つ強力な魔力に反応してしまったのだろう。


(あなたに折られた時のままでしたが、あれは確かに聖剣グランセーバーです。何故あの剣が……)


「……」


 不思議そうなエレンシアとは裏腹に俺の懸念は別のところにあった。


 エレンシアの次元開裂と俺の禁呪の衝突は次元に亀裂を生み出すほどの衝撃だった。


 ならば近くにいた勇者が巻き込まれてもおかしくはない。


 ということは勇者もこの世界に転生している可能性が……?


 いや、あの時点で勇者は既に半死半生だった。


 次元移動の衝撃に耐えられるとは思えない。


 とはいえ可能性がゼロではない以上、無視するわけにもいかないだろう。


(そ……そうです!あの男たちが私を追いかけてきています!早くこの場から去らなくては!)


「いや、その必要はない」


 そう言ってエレンシアをつまみ上げる。


「いい機会だ、連中に案内してもらおうじゃないか」





    ◆





「吐影さん!森田が来ました!」


「なんだとっ!」


 部下の報告に吐影は目を剥いた。


「あの男は真っすぐここまで来て吐影さんに会わせろと言ってます。どうしますか?」


「あの野郎……どうやってこの場所を知りやがったんだ……」


 そう言ってちらりと視線を送った吐影に神那先が微かに頷く。


 神那先が言うように森田は謎の力を使えるということなのか?


 いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。


 ここは凶龍連合の一大拠点だ、もし外部に漏らされたら組織の運営に大きな影響が出る。


 それだけは何としてでも避けなくてはならない。


 場合によっては命を奪ってでも。


 吐影の顔に凶悪な笑みが浮かぶ。


「面白え、会ってやろうじゃあねえか。命知らずの森田君によお」





     ◆





「会うのはこれで二度目だな。森田よぉ」


 廃マンションの最上階、吐影 龍はそこにいた。


 相変わらず側には屈強な男たちを何人も控えさせている。


 頭数を揃えても意味はないというのに学習しない奴だ。


「お前、どうやってこの場所を知った?」


 落ち着き払っているように見える吐影だったが本拠地を知られて内心穏やかではないだろう。


「そう怖い顔をするな。今日は休戦協定を結びに来たんだ」


「休戦協定だあ?」


 吐影が片眉を吊り上げる。


 思った通りこれは吐影にとって予想外の答えだったらしい。


「その通り。元々はそっちが手を出してきたことだが今後二度と俺と家族に手を出さないと約束するならこっちもお前たちに関わらないと約束しようじゃないか」


「断ったらどうするつもりだ」


「そうなったらどうなるか、それはもうわかっているんじゃないのか。どうだ、お互いにとって悪い取引じゃないと思わないか?」


 重い風切り音と共に投斧が飛んできた。


 頭をかしげてかわすと投斧は髪をかすめて背後の壁に突き立った。


「ふざけんじゃねえぞ。寝言は寝て言いやがれ」


 怒気を孕んだ声で吐影が睨み付けている。


「てめえ、状況がわかってんのか。このビルには俺の手下テカが300人はいんだぞ。てめえ1人でどうにかできると思ってんのか!」


「試してみるか?」


 部屋の中に殺気が張り詰める。


「……」


「…………」


「なーんてな」


 ふいに吐影が相好を崩した。


「そう真面目に取るなよ、冗談だよ、冗談。こう見えて俺はお前のことを買ってるんだぜ?敵対するつもりがないのは俺も同じだってえの」


 そう言いながら両手を広げて近づいてくる。


 諸手を見せて敵意がないのを見せるのはどの世界でも同じなんだな。


「いや大したもんだよ、俺たちの拠点を見つけるだけじゃなく1人で堂々と乗り込んでくるとはよお。やっぱりお前は俺の見込んだとおりの男みてえだなあ!」


 そう言ってなれなれしく肩を組んできた。


 まるでこの瞬間に2人が親友になったかのような豹変ぶりだ。


「その度胸に免じてお前の言うとおりにしようじゃあねえか。今後お前にもお前の家族にもちょっかいをかけねえと約束するぜ。いいかお前ら!これからこいつに手を出すことは俺が許さねえからな!」


 吐影は周りの男たちにそう吠えると満足そう頷いてこちらを向いた。


「この通りだ。今後この街でお前に手を出す奴はいねえよ。俺が約束する」


(良かった……やはり話せばわかるのですね)


 エレンシアが安堵の息をついている。


「……しかしなあ」


 しかしそこで吐影の話は終わりではなかった。


「今この場でこう言っても俺の部下の中には納得いかない奴もいると思うんだわ。こいつらの仲間には親友をぶちのめされて今も入院してる奴もいるしなあ。なんせ血の気の多い奴らだからどこでどう爆発するかもわからねえ。そうなると俺にはどうすることもできねえんだわ」


「別に俺は構わないが」


「だからよお、こうしねえか?」


 俺の言葉を聞かずに吐影が話を続けてきた。


「今この場で俺とタイマンを張ってもらうってのはどうよ?俺とお前がやり合えばお前にムカついてる奴も多少はすっきりするだろうからよ。勝っても負けても今後手を出さねえって約束は変わらねえ。どうだ?受けちゃくれねえか?」


 なるほど、これが目的だったという訳か。


 既に本拠地まで割れてる中で乱戦になってしまえば勝負の結果はどうあれ求心力が下がるのは必至、だったら一対一の戦いに持ち込んだ方がマシと踏んだのだろう。


 俺としては1人だろうが100人だろうが1000人だろうが同じことだ。


「別に構わないぞ」


「よし!じゃあ決まりだな!」


 吐影が嬉しそうに手を叩いた。


 それを合図にあっという間に人の輪で即席のリングが作られた。


 その中心に俺と吐影が対峙している。


「ルールはどうするかな……そういえばお前さん、何か不思議な技を使うそうじゃあねえか」

 後ろを向いた吐影がストレッチをしながら聞いてきた。


 丸太のような腕の筋肉が伸縮に合わせて別な生き物のように動いている。


「ああそれか……使って欲しくないと言うなら使わないでやっても良いぞ。ハンデだ」


「いや、それには及ばねえよ。こっちも使わせてもらうからよ」


 そう言って振り向いた吐影の手に黒いものが握られているのが見えた。


 あれはこの世界の武器 ― 銃 ― ?


 そう認識するより早く轟音と共に吹き飛ばされた。

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