第24話:エレンシアの秘密

「さて」


 朱音と別れて部屋に戻った俺は奥へと目をやった。


 隅に置かれたケージの奥で朱音がシロと名付けた猫が実を隠すように縮こまっている。


 家に戻ってくる途中でペットショップに寄って色々買い込んでおいたのだ。


 ケージからつまみ出すとシロは逃げだそうとジタバタともがいた。


「暴れるんじゃあない。それよりもお前……」


 首筋をつまみ上げてターコイズブルーの瞳を覗き込む。


「お前、エレンシアだろ」


 その言葉にシロがふいと顔を背ける。


「隠しても無駄だ。さっきお前を治癒した時にわかっているんだからな」


 シロに施した《深的治癒》は魂をも修復する究極の治癒魔法、それ故に魂に触れることを意味する。


 その過程で俺はシロの魂がエレンシアのものだと気付いた。


 しかし当のエレンシア/シロは何も話そうとしない。


 まるで自分は本物の猫であるかのように毛づくろいまでしている。


「……ほおう、話す気がないということか。それならまあそれでいいさ」


 俺はポケットに手を突っ込んでとあるものを取り出した。


「ニャッ!?」


 それを見た途端にシロが血相を変える。


「気付いたようだな。これはどんな猫も目の色を変えるという猫用ピューレ、ニャオ・チューレだ。お前にとっても大好物だったはずだよな?」


「ニャッニャッ」


 シロが必死に手を伸ばすがギリギリで届かない位置でニャオ・チューレのパケットを振ってみせる。


「どうだ?素直に認めるならやらんこともないぞ?」


「フシャーッ!」


 怒りを露わにしていたシロだったが、やがて諦めたのか力なく頭を下げた。


(……わかりました、認めます。確かに私です)


「ハッ、やはりな!さては貴様、あの時猫に転生していたんだな! 


 あの日、俺の魂が死にゆく森田 衛人の体の中に入りこんだ日、森田 衛人は佐古たちが川に投げ込んだシロを助けるために自ら流れの中に身を投じたのだ。


 正義感からなのか朱音が世話していたシロを助けるためだったのか、今となっては知りようもない。


 結局助けることは叶わずに1人と1匹はそのまま溺れ死ぬことになり、そこにたまたま転移してきた俺とエレンシアの魂が入りこんだのだ。


「ハハハハ!愛と叡智の女神と呼ばれたお前がまさか猫になっているとはな!こいつは傑作だ!勇者にも見せてやりたいくらいだ!」


(何とでも言ってください。それよりも魔王バルザファル、約束は守っていただけるんでしょうね)


「ああ忘れていた。そら、好きなだけ食べるがいい」


「ンニャア!ンニャンニャ!」


 ニャオ・チューレの封を切ってやるとシロ/エレンシアは一目散にしがみついてペロペロと舐め始めた。


(うう……私が……女神である私がなんとはしたない……)


「ハハ、いい格好じゃないか。お高くとまっていた昔のお前に比べたらずっと似合っているぞ」


(うう……駄目なのに……止めないと駄目だと分かっているのに……この身体が……止まってくれないんですう!)


 ニャアニャアと鳴きながらシロ/エレンシアはペチャペチャと前脚についたニャオ・チューレを舐めている。


「しかしこれでお前が魔法を使えない理由も納得がいったな。おそらく猫の体ではエレンシアの魂を受け止めるのに小さすぎるんだな。だから力を出し切れないんだろう」


(そ、そうなんです!なんとか念話は可能なんですがそれ以外の魔法が全く使えなくて!危険や魔法の気配を感じることは辛うじてできるのですが……)


「まあいいさ。もとより期待はしていなかった。むしろ俺にはお前の邪魔が入らない分都合がいい。まあかつて戦い合った間柄のよしみだ、お前はこのまま飼ってやるから安心しろ」


(わ、私があなたに飼われるですって!そんな目に遭うくらいなら死んだ方がマシです!)


「本当にそれでいいのか?猫であるお前と違って俺ならばこの世界から帰れる方法を調べることも出来るのだぞ?」


(う……)


 エレンシアが言葉を詰まらせる。


「野良猫の寿命はせいぜい2~3年と言われているが飼い猫なら20年は生きられる。俺だったらもっと長く生かしてやれる。それだけあれば元の世界に帰れる方法を見つけられるとは思わないか?」


(うう……)


「まあ俺としてはニャアニャア鳴くしかできないお前がいようといまいと構わないのだがな。そら、出ていきたかったら出ていっていいぞ」


 窓を開けてエレンシアを促す。



(……わかった、わかりました!今はあなたに協力してあげます!)


 遂にエレンシアが折れた。


(言っておきますが協力すると言っても悪事には断固反対させていただきますからね!それから私のことは猫扱いしないように!)


「わかったわかった。お前には色々協力してもらうこともある。しばらくは共闘と行こうじゃないか」


 そう言ってエレンシアの目の前で猫じゃらしを振ってみせる。


 エレンシアはそれを見るなりごろごろとじゃれついていく。


(ンニャンニャ……じゃなくて!)


 エレンシアが抗議の声をあげる。


(協力というのはどういう意味ですか。私に何かさせようというのですか?)


「ああそうだ。せっかく猫になったんだ、それに相応しいことを頼みたくてな」


 俺はスマホを取り出すと画面をエレンシアに見せた。


 地図の中に小さなドットが幾つも光っている。


 ドットは地図の中の一カ所に集まっていた。


「今朝俺や家族を襲ってきた連中に追跡用の魔道具を忍ばせておいた。これで奴らの本拠地の場所はわかった。だからお前にちょっと偵察をしてもらおうと思ってな」


(なんで私がそんなことを!)


「猫なんだから怪しまれずに忍び込めるだろ」


(それこそあなたがやったらいいじゃないですか。そのくらい簡単でしょうに)


「それなんだがな、さっきの画像は今から30分前の記録なんだ。今は全ての魔道具が反応しなくなっている」


(……!)


 エレンシアの瞳孔が丸くなった。


「気付いたようだな。誰かが魔道具の存在に気付いたということだ。この先は慎重に事を運ぶ必要がある。だからお前に頼んでいるんだ」


(で、でも……なんで私が……)


「ほお~う?女神ともあろう者が人の危機を前にして臆するというのか?」


(ひ、人の危機?)


「そうだろう?奴らを放っておいたらいずれまた森田家を狙いに来るだろう。俺の知る女神エレンシアはそんな状況で我関せずを貫くような存在ではなかったはずだがな」


(~~~~わかった、わかりました!行きます、行けばいいんでしょう!)


 遂にエレンシアが折れた。


「それでこそ愛と叡智の女神エレンシアだ」

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