第23話:告白
「何者って……お前の兄の森田 衛人だが?」
「違う!」
朱音が叫んだ。
「あいつだったらこんなことしない!できるわけがない!何?何なの?さっきのは何なのよ!」
手を振り上げ、髪を振り乱しながら朱音が叫ぶ。
「いきなり現れてスマホから変なお化けみたいなのは出すし、死にかけてたシロも治すし、そんなのあいつ……お兄にできるわけない!」
「まあ待て、落ち着いて話を……」
「落ち着いてなんていられるか!お兄はどうしたのよ!どこにやったのよ!」
朱音が俺の存在を疑っているのは間違いないようだ。
もっとも目の前であんなものを見せられたのでは仕方がないことだろう。
ともかく今こんなところで口論している暇はない。
「……わかった、全てを話そう。まずはこれを見てくれ」
「なにこ……れ……」
スマホの画面を見せると朱音はカクンと肩を落とした。
崩れ落ちそうになる朱音を肩で受け止める。
「よし、ひとまずこの場を離れるぞ」
(ちょっとぉ!何やってるんですかぁ!)
「なんだいたのか」
頭の中に再びエレンシアの声が響いてきた。
しばらく大人しかったのに厄介なところで出てくる奴だ。
(そんなのことより!朱音さんに何をしたんですか!)
「何って……催眠魔法で眠らせただけだが」
朱音を肩に担ぎながら答える。
(催眠魔法って……あなたの妹なんですよ!肉親に魔法をかけるなんて!)
「森田 衛人にとっては、だろ。俺にとっては違う。それに今はここから離れることが先決だ。警察とあいつらの相手をする気はないからな。こいつの話に付き合うのはそれからだ」
(そ、それはそうですけど……)
「話はあとだ」
俺はエレンシアの言葉を遮ると朱音を肩に担いで走り出した。
「ん……」
「目を覚ましたようだな」
「……っ!?」
目を覚ました朱音は俺に気付くと一気に跳ね上がって部屋の隅に後退っていった。
「そう怯えるな。ここはお前の部屋だ」
あれから俺は朱音を担いで家へと戻っていった。
驚く母親には熱中症だろうと説明して部屋まで運び込んでこうして目が覚めるのを待っていたというわけだ。
学校へは休むと連絡してある。
「あ……あんた……何を……」
朱音はシャツの前を掴みながらこちらを睨み付けている。
「何ってお前をここまで運んできたのは俺だぞ」
「あんたが私に何かしたんでしょうが!」
「まあそれは確かにそうなんだが」
どうやら自分が眠らされたことは覚えているらしい。
やはりこの世界の人間に精神操作系の魔法は聞きにくいようだ。
朱音はあからさまな疑いの眼差しをこちらに向けている。
「あ、あんたは何なのよ!なんでこんなことを……」
「だからそれを今から話そうというんだ。しかしそんなところだと聞きにくいだろう。こちらに来て椅子に座ったらどうだ」
「……本当に話すんでしょうね」
「この世界の神に誓って。もっとも信じるかどうかはそちら次第だがな」
「……わかった、聞けばいいんでしょ。言っておくけど私に嘘が通じるなんて思わないでよね」
朱音は警戒するようにゆっくりと近づくと距離を取るように椅子に座り、こちらを睨み付けてきた。
「もちろんだ。最初に断っておくがこの世界の人間にとって到底信じられるようなものではないぞ。なにせこの俺でも今も信じられないような話だからな……」
俺は自分が異世界の魔王であったこと、勇者と女神エレンシアに封印されそうになったところで何故かこの世界に来たこと、本来の森田 衛人の魂は既にこの世にないことを包み隠さず話した。
別に洗脳してしまっても良かったのだがそれでも話したのは事情を知る協力者の必要性を感じていたからだ。
そして何よりもこの娘には全てを話しておいた方が良いと俺の勘が告げていた。
「……そういう……ことだったの」
言っておいた自分でも荒唐無稽な話だと思っていたのだが不思議と朱音は信じたようだった。
「今の話をよく信じる気になったな」
「信じてるわけじゃないわよ。というか信じられるわけがない。異世界の魔王?何それ!漫画やアニメじゃないっての」
朱音は大きくため息をついて天井を見上げた。
「……でも信じるしかないじゃない。あんなものを見せられたんだから」
そう言ってポケットからスマホを取り出す。
「さっきの奴、やってみせてよ」
俺が呪文を唱えるとスマホから骸骨が光を放ちながら現れた。
「やっぱり本当だったんだ……」
驚きに目を見開きながら朱音が呟く。
「この守護精霊はお前が危険に晒された時に現れるようになっている。この世界だったらまず倒されることはないだろう」
「結局のところ私はあんたに助けられたってことなのね」
朱音はため息をつきながらこちらに振り返った。
「なんで私を助けたの?あなたは魔王なんでしょ?」
「それはお前が必要だったからだ。俺はこの世界で身寄りとなるものがいない。この家族は今の俺にとって都合がいいからだ。それを脅かすものがいれば守るのは当然だろう」
「守るのは当然、ね……元のお兄だったら絶対に言わないだろうな」
朱音が肩をすくめながら苦笑する。
「こっちこそお前があまり驚いていないのが意外なんだが。ひょっとして前から俺が森田 衛人になり替わっていたことに気付いていたんじゃないのか」
「なんとなく、ね。私って霊感が強いというのかな、なんかそういうのわかるんだ」
朱音は椅子の上でくるくる回りながら答えるとこちらを見つめてきた。
「それはそうとあんた、パパやママにはまだ言ってないの?……つまり、その、お兄が……もういないってこと……」
「ああ。いずれ知ることになるかもしれないがそれまでは教える必要もないと思うからな」
「あんたにとって都合が悪いから?」
「それもある。が、今知らせたところでどうなる?この姿で御宅の息子さんは死にましたと告げるのか?それをしてお互いになんの得がある?ならば今はまだ今の暮らしを続けた方が良いだろう。お互いにな」
「……だよね。そう言うと思った」
朱音がぽつりと呟く。
「それで、真実を知ってお前はどうする?両親にありのままを告げるか?」
「そうしたらあんたはどうするのさ」
「そうだな、他の拠点も見つけてあるからそこに移るのもいいだろう。なんなら他の街に移って生活を続けても良い。それが可能なくらいの知識は身に付けたつもりだからな。だが……」
俺は更に言葉を続けた。
「可能であるならこの生活を続けたいところではある。この街とこの家は今の俺にとって色々と都合がいいからな」
「じゃあなんで私を魔法で言いなりにしなかったの?そうすればあんたの秘密だって守れたじゃない」
「そうだな、それは……言うなら……勘だな」
「勘?」
「ああ、お前は魔法で洗脳せずに話した方が良いと俺の勘が告げていたから、それだけだ」
「……ぷっ」
突然朱音が吹き出した。
「アハハハ!何それ?勘?あんたが?あんなに凄い力を持ってるのに!?」
「別にそんなにおかしなことはないだろう。力があるからこそ勘は馬鹿にできないんだ」
「そんな訳ないじゃん!あんただったら勘になんか頼らなくたって何でもできそうじゃない」
ひとしきり笑うと朱音は目尻を拭きながらこちらを向いた。
「わかった。私もひとまずあんたのことは黙っておいてあげる」
「良いのか?俺はお前の兄ではないんだぞ」
「……それはまだ心の整理がつかないけど、それでもあんたが私のことを助けてくれたのは確かでしょ。その借りは返しておきたい。それに……」
そこまで言うと朱音の顔から笑みが消え、真剣なまなざしになった。
「私を襲ってきた連中、あいつらはあれで諦めたわけじゃないんでしょ?だからここからは取引。私はあんたのことを黙ってるからその代わり私たち家族を守って」
「いいだろう」
俺は頷いた。
元よりそのつもりだった。
「俺はお前たち家族を守る、お前たち家族は俺に居場所を提供する。それでいいな?なんなら契約してもかまわないぞ」
「それは別に良いよ。その代わりこれでどう」
そう言って朱音が小指を出してきた。
「この世界の指切りという儀式か」
「そ、守ったら針を千本飲んでもらうからね。もっともあんただったら平気そうだけど」
「死ぬことはないが針を千本飲むのはごめんだな。良いだろう、約束だ」
俺と朱音は小指と小指を絡め合わせた。
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