第22話:朱音

「なな、なんだてめえはぁ!?」


 後部座席にいた男が叫ぶ。


「おい!なんでこいつを車の中に入れた!」


「わ、わかんねえっすよぉ!鍵かけてたはずなのになんか勝手に開けて入ってきたんですよ!」


 ドライバーが泣きそうな顔で答えた。


 確かに鍵はかかっていた。


 この程度の鍵など俺の前ではないも同然だったが。


「落ち着け、俺は妹を返してもらいに来ただけだ。確かお前は……更家と言ったな。妹さえ無事ならお前らに用はないから安心しろ」


「妹?つまりてめえは……森田 衛人か!?」


 更家が驚いたようにこちらを見た。


「話が早くて助かる。わかっているならさっさと車を停めてくれ」


「ふ……ふざけんじゃねえよ!こっちも仕事でやってんだ、てめえが出てきたくらいで”はいそうですか”と渡せるかよ!」


 更家はそう叫ぶとナイフを朱音の頬に当てた。


 猿ぐつわをかまされた朱音の顔が恐怖にひきつる。


「主導権はこっちが握ってんだ!そっから少しでも動くんじゃねえぞ!動いたらこいつを切り刻むぞ!」


「切り刻む?面白い、是非やってみてくれ」


 俺の言葉に更家も朱音もぎょっとしてこちらを見てきた。


「てめえ……俺がやれねえと思ってんのか!?言っとくが吐影さんにも殺さなきゃ良いって言われてんだぞっ!」


「だから言っているだろう、是非やってくれと。さあ早くやるんだ。それともそのナイフはオモチャなのか?」


「クソが……後悔すんじゃねえぞ!」


 更家が叫ぶと同時にナイフを振り被った。


 朱音が思わず目をつぶる。


 しかしそのナイフが振り下ろされることはなかった。


「な……なんだこりゃあああっ!?」


 更家の絶叫が車内に響き渡る。


 ナイフを握った更家の腕は……青白く光る骨の腕に握り止められていた。


 そしてその骨は朱音のスマホから伸びていた。


 巨大な光の骸骨が小さな画面から這いずるように現れる。


「な……なんだこれ……ウギャアアアアッ!」


 唖然とする更家の腕が骸骨に握りつぶされて鈍い音を立てる。


「な、なんだよこれ、なんだよこれぇ!」


 朱音の横にいた男も恐怖でパニックになっている。


「守護精霊術だよ。対象に危害が加えられそうになったら精霊が召喚されて守護する一種の自動防御術オートガードだな。それを妹のスマホに仕込んでおいた」


 骸骨が片腕を伸ばしてその男の頭を掴んだ。


 もう片方の腕で更家の頭を掴んでいる。


「クソ、離せ!離せよ!」


 更家が腕を振り回しているが骸骨の身体をすり抜けるだけだった。


 精霊に物理攻撃は聞かないから当然だ。


「ヒギィィィィッ!」


 2人の頭蓋骨がミシミシと軋む。


「そこまで」


 俺の合図で骸骨が手を離すと2人の男はそのまま車内に崩れ落ちた。


 2人が行動不能になったことは確認するまでもなかった。


「おい、前危ないぞ。衝撃防御魔法アンチインパクト


 運転手に警告を発すると同時に防御魔法を展開する。


「うわあああああっ!」


 こちらに気を取られていた運転手が前を向き直った時にはもう遅かった。


 派手な音と共に車が電信柱に激突した。


 車内は防御魔法を張っていた俺と朱音を除いてみな台風に吹き飛ばされたような惨状だった。


 全員辛うじて息はあるようだが自力で動くことは不可能だろう。


「おい、無事か」


 ひしゃげたドアを無理矢理こじ開けて後部座席へと乗り込み、朱音の猿ぐつわを外した。


「お……お兄……なんで……」


 朱音がまるで死人でも見るような目つきでこちらを見てきた。


「話はあとだ。すぐに警察が来るだろう。まずはさっさとここから離れるぞ」


 俺は朱音を抱え上げると車内から降り出た。


「ま、待って……」


 肩の上で朱音が手を伸ばしている。


「シロ……シロも……」


「猫?あああれか、あれは駄目だな。もう助からないだろう」


 白猫は血の海の中で浅い呼吸を繰り返すばかりだ。


 手当をしたところで長くはないだろう。


「で、でも……。あの猫は……私を助けてあんなことに……お願い、あの猫を助けて!」


 こちらを見上げる朱音の顔は涙で濡れていた。


「あんたならあの猫を助けられるんでしょ?」


 それでもその眼は何かを確信しているかのように真っすぐとこちらを見ている。


「さっき私を助けたのはあんた……お兄なんでしょ?だったらシロも助けてよ!」


「……わかった。ただし今回は特別だからな」


 今にも息絶えようとしているシロの前に手をかざして詠唱を行う。


深的治癒ディープヒーリング


 シロの体を深く切り裂いた傷が瞬く間にふさがり、呼吸も次第に深くなっていった。


「これでいいだろう。さ、さっさとここから去るぞ……」


 シロを朱音に手渡して今度こそ去ろうとしたその時、更家の持っていたスマホが点灯した。

 ”状況を説明しろ”


 通知画面に短くメッセージが表示されている。


「ようやく尻尾を捉えたな」


 俺はスマホを拾い上げるとそのまま電話をかけた。


「これは凶龍連合の番号で合ってるんだよな?」


 電話を取った相手にそう告げると沈黙の後で返事があった。


「その声は……森田、てめえかっ!!」


 間違いなく吐影の声だ。


「そういうお前は吐影だな。俺を家族から引き離して人質を取るつもりだったのか、なかなか悪くない手だったぞ」


「強がってんじゃねえよ。1回防いだくらいで勝った気になるなよ。こっちは幾らでも駒がいるんだ。24時間365日てめえの家族全員をつけ狙ってやる。それでもてめえに防ぎきれるのかよ、アァッ?」


「生憎とそれほど暇じゃなくてな、お前と遊ぶのもそろそろ飽きてきた。近いうちに決着をつけてやるから待っているんだな」


 そこで通話を切ると朱音を連れて車を出た。


 遠くからサイレンの音が近づいてくる中、朱音の手を引きながらその場を離れる。


「さてこれから忙しくなるぞ。今日のところは学校を休んだ方がいいだろう。先生には俺から連絡して……」


「……ちょっと待って!」


 朱音がその手を振りほどいた。


「どうした、忘れ物か?それなら早く取りに戻った方がいいぞ」


「そうじゃない!」


 こちらを見つめる朱音の眼が恐れと……何かを決意した意志で揺れている。


「あなた……何者なの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る