第14話:宣戦布告
「暇だな……」
のどかな学校からの帰り道に思わずそんな言葉がこぼれ出る。
そのくらい何事もない日々だった。
吐影兄弟が現れてからもう1カ月が過ぎている。
誰かが復讐にやってくるかと待ち構えていたのに拍子抜けだ。
(何事もないなら良いじゃないですか。日々是平穏結構なことです。魔王であるあなたにはわからないかもしれませんけどね)
エレンシアのすました声が頭の中に響く。
結局あれからしばらくしたらエレンシアは再び戻ってきた。
いや、戻ってくるという表現が正しいのかどうかはわからないが、要するに今までと同じように頭の中で小言を繰り返しているというわけだ。
うざいことはうざいがもうすっかり慣れたし日常が戻ってきたと言ってもいいかもしれない。
「馬鹿なことを言うな、俺だって平和が一番だ。しかしこうも退屈だと刺激を求めたくなるのも事実だ。暇つぶしにそこらの不良共でも痛めつけてくるかな」
(な!み、自ら闘争を求めるなんて何を考えているんですか!)
「社会の役に立っている奴らじゃないんだから別にいいだろ。俺の退屈しのぎの役に立つならそういう屑どもにも存在価値が生まれるというものだ」
(何を言ってるんですか!彼等にも親兄弟がいるのですよ!傷つけば嘆き悲しむものがいるんです!)
「不良たちに虐げられてる奴らにも同じことを言えるのか?」
(そ……それは……)
「とはいえこの姿でそういうことをすると森田家に要らぬ塁が及ぶことになるか……自由に動けないというのは不便なものだな……なんだこの車は」
エレンシアとそんなやり取りをしながら歩いていると突然大きな車が目の前で停まった。
クロムメッキのグリルをぎらつかせた真っ黒なミニバンでウィンドウも黒いスモーク仕様になっている。
スライドドアが開いたと思うと男たちがわらわらと降りてきた。
まるでユニフォームかのようにみんな黒いスウェットの上下で身を包み、殺気を隠そうともしていない。
(なんだなんだ、俺の願いを早速天が聞き入れてくれたのか?)
(そんな訳ありますか!さっさと逃げるべきです!)
(こんな面白そうなものから逃げる手があるものかよ)
「森田 衛人だな?」
男の1人が口を開く。
「だったらどうなんだ」
「ちょっと顔を貸してもらおうか」
男が顎で車の方を示す。
逆らったら力ずくでもつれていく、そういう目だ。
「わかった。どこへ連れていってくれるんだ?」
素直にそう言うと車に乗り込んだ。
なかなかの高級車らしく、シートも座りごこちが良い。
(ちょ、ちょっと、良いんですか!?この人たちどう見ても只者ではないですよ!)
(良いんだよ、退屈していたと言っただろ?)
「……」
「……」
素直に乗り込んだことで肩透かしを食らったのか男たちはしばらく顔を見合わせていたが、やがてそそくさと乗り込み、車を出発させた。
「
連れていかれたのは、とある雑居ビルの地下にあるクラブだった。
「黙って歩け……歩いてください」
顔を腫らした男たちが前後に立って促してきた。
車内で何やら脅し文句と共に小突いてきたから相応の反撃をしてやったらみんなすっかり大人しくなった。
おかげで車が電柱にぶつかって盛大に凹んでいるがこれは不可抗力という奴だろう。
「お前が森田 衛人か」
VIPルームに入るとソファに座っていた男が口を開いた。
その横には数人の部下が控えている。
この男が俺をここに連れてきた張本人だろう。
「人に名前を尋ねる時はまず自分から名乗るのが礼儀だろう」
「てめっ……」
「いい」
いきりたつ部下を手で制すると男が立ち上がった。
見上げるような大男だ。
「俺は吐影 龍ってもんだ。俺の弟たちをやったのはお前で間違いないな」
龍と名乗る男の横には包帯を巻いた龍二と龍三が立っていた。
「ああ、こいつらはお前の弟だったのか。そういうば確かに似ているな。しかし……なんでお前の額には数字を彫っていないんだ?」
「あれは俺が彫ったんだよ。こいつらはどっちがどっちだか兄の俺でも見分けがつかねえからな」
龍がこちらを睨み付ける。
「そんなことを話すためにお前を呼んだわけじゃねえんだ。こいつらはどうしようもねえクズだが俺には重要な労働力なんだよ。それをお前が台無しにしたってことをわかってんのか?」
俺が龍二と龍三と
2人の緊張ぶりを見るにおおかた因縁をつけるためかメンツをつぶされた腹いせにこの男にやられたのだろう。
とはいえ今さらそんなことを言って聞く男は思えないし言うつもりもないのだが。
「……それで、俺にどうしてほしいんだ?」
「簡単な話だ。お前、俺のために働け」
龍が煙草を指に挟む。
横に控えていた男が即座にライターを取り出して火をつけた。
「このクラブは俺のものでな、他にもジムやら何やらを経営してんだ。こういう商売やってると腕の立つ男が欠かせなくてよ。お前、弟たちの穴埋めをしろや。今回はそれで許してやる」
そういうことか。
結局何のかんのと理屈をつけて俺を従わせたいのだろう。
「言っておくが拒否権があるなんて思うなよ。こっちが被害者なんだからな。警察に被害届を出してねえのは俺の恩情だと思っておけ」
煙草の灰を落としながら龍が話を続ける。
「お前も家族に迷惑はかけたくねえだろ?特に妹の……名前は朱音だったか?来年中三になるんだろ?兄が犯罪者になっちまったら高校受験だってどうなるか……」
「つまらん手法だな」
龍の手が止まる。
「……今、なんつった?」
「つまらん手法だ、と言ったんだ。家族関係からなにまで知っている風を装って恐怖をあおる、シンプルにして効果的な方法だが俺には効かないと思うのだな」
「てめえ……俺がやらないとでも思ってるのか?」
「ああ、そう思っているとも。警察に届けてないのは俺の為などと言っているが本当はお前らが司法組織に目を付けられたくないのだろう?後ろ暗いことをしている者が法律を盾に脅しをかけても本気にするわけないだろう」
それだけ言うと俺は踵を返した。
「話はそれだけなら帰らせてもらうぞ。こう見えても忙しい身なのでな」
「てめえ!龍さんを無視しようってのか!」
「やめろ」
前に立ちはだかろうとした男を龍が制する。
「森田 衛人、今日はこれで帰してやる。だがこの街で俺に逆らえるなんて思うなよ。お前は必ず俺の前に土下座して今日のことを謝ることになる。絶対にだ」
「それは楽しみだ。謝罪というのはまだしたことがないからな」
俺は龍に笑いかけるとクラブを後にした。
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