第13話:兄

「さて、我が妹はどこに行ったんだ?」


 吐影兄弟のせいで要らぬ時間を食ってしまった。


 先ほど朱音が入っていったコンビニに戻ってはみたものの、既に影も形もない。


「だがこういう時のためにこれがある」


 ポケットからスマホを取り出して詠唱を開始する。


 スマホの画面が光を放ったかと思うと空中に地図を描いた。


 この世界のスマホ技術に地図魔法を組み込んだ最新の魔法技術だ。


「朱音の位置は……あそこか」


 空中に描かれた地図に赤いドットが光っている。


 朱音はここからそう遠くない橋のたもとにいるらしい。


 何をしているのかはだいたい察しがつくが吐影兄弟の一件もあったことだし一応様子を見に行ってやるか。


「す、すいません」


 スマホをしまって立ち去ろうとしたその時、呼び止める声があった。


 ふりかえると眼鏡をかけた小太りの男が目を輝かせながらこちらを見ている。


「さ、さっきのスマホ凄いですな!どこの新機種でござるか?立体映像投影装置が実用化されたなんて聞いておりませぬぞ!しかもスマホに収められるほど小型化しているとは!裸眼立体視ディスプレイは実用化されたのもありますがこれは構造上どうしても装置を小型化することが難しくてですな……」


 男は興奮したようにべらべらまくし立ててきた。


「悪いが急いでいる」


「あ!し、しばし待たれよ。せめて一目先ほどのスマホを拝見させてはいただけぬか!」


 踵を返すと男が腕を掴んできた。


 なんなんだこの男は。


「貴様に見せる筋合いはない。さっさと消え失せろ」


「ヒィッ!す、すいませんすいません!」


 多少語気を強めただけで男は逃げ去っていった。


「なんだったんだ……しかしこれはあまり人に見せない方が良さそうだな」


 人目がなくなったのを確認してから改めてスマホで地図を表示させる。


 空間に映像を投射する技術はこの世界ではまだ実用に至っていないらしい。


 どうもこの世界の技術と元の世界の魔法ではやれることのばらつきが大きいみたいだ。


「それよりもまずは朱音の居場所だ」





 橋のたもとのコンクリでできた護岸に朱音はいた。


 しゃがみこんだ視線の先には……1匹の白い猫がいた。


 朱音の足元に置かれた猫缶を一心不乱に食べている。


 朱音は数か月前から密かにこの白猫の世話をしていた。


 何故俺がそれを知っているかというと森田 衛人も時々それを手伝っていたからだ。


「周囲に敵の存在はいないな……」


 橋の陰に隠れて様子をうかがいながらスマホの検知魔法を使って周囲を探る。


 この様子ならひとまずは安心だろう。


「そういえばエレンシアの声が聞こえないな。こういう時に何か言ってきそうなものなんだが」


 吐影兄弟と戦っている時もエレンシアは何も言ってこなかった。


 正義感の強い女神だからいつものようにネチネチと文句を言ってくるものと思っていたのだが。


「まあいい、静かならそれはそれでいいことだ」






    ◆





 繁華街の横道にある雑居ビルの地下から重低音が響いている。


 その地下階は巨大なクラブになっていた。


 スモークが立ち込めるダンスフロアをレーザービーム照明が飛び交い、若い男女が音と光の刹那的な享楽に身を任せていた。


 しかしダンスフロアを見下ろす位置にあるVIPルームはその熱狂と裏腹に重い緊張感に包まれていた。


 光量を落とした照明の下で肉と骨を叩く音が響いている。


「も……もう勘弁してくれよ……龍兄ちゃん」


 鼻血を抑えながら懇願しているのは額に2を彫っている龍二だった。


「これ以上やったら龍三が死んじまうよ」


 床には血だらけになった龍三が倒れ込んでピクリとも動かない。


「こんなクズ、死んだ方がマシだ」


 その前に巨大な男が仁王立ちになっている。


 筋骨隆々の肉体にブランド物の服をまとい、指という指につけたごついシルバーのリングからは今しがた龍三の身体を流れていたであろう鮮血がしたたり落ちていた。


 浅黒い肌に鋭い眼光、服の隙間から覗くタトゥーがその男が堅気ではないことを物語っている。


 ― 吐影 龍とかげ りゅう ―


 吐影兄弟の長兄であり、この街の不良たちをまとめあげる半グレグループのトップに立つ男だ。


「龍二、てめえもだ。お前ら2人がかりでたかがガキ1人絞められねえだと?てめえらみてえのが俺の弟だなんて恥を通り越してぶっ殺したくなるんだよ」


「で、でもよ……あいつただのガキじゃねえんだよ……あれは……化け物だよ」


「化け物だ?」


 龍が龍二の胸ぐらを掴む。


「てめえはまだ高校に通ってるようなガキを化け物扱いしてんのか?」


「あ、あいつは何をやっても効かねえんだよ!催涙スプレーもスタンガンも効かなかったんだ!それに俺たちのナイフも……何度切り付けても傷1つつかねえんだ。あ、あんな奴初めてだ……」


「スタンガンってのはこれのことか」


 龍が取り上げたスタンガンを龍二に押しあてた。


「ガバババババババッ!」


「ふむ、壊れてるわけじゃねえのか」


 龍は昏倒した龍二には目もくれずにどかりとソファに腰を落とした。


「おい、こいつらをやったガキはどこのどいつだ」


「はい、森田 衛人という辰星学園の2年だそうです」


「辰星学園?お坊ちゃん高校じゃねえか。こいつらはそんなところのガキにやられたってのか。ますます殺したくなってきたじゃねえか」


「同じ学校に通ってる奴の情報によると龍二さんたちはそこの肥田という奴に依頼されていたようです。どうしますか、人数集めてその森田 衛人を攫ってきますか」


「馬鹿野郎、お前らが相手になるかよ」


 龍はウイスキーを瓶ごとあおった。


「どうしようもないクズだが龍二と龍三は俺の弟だぞ。こいつらが勝てなかった相手にお前らが勝てるわけねえだろ。それよりも奴のことを調べろ。家族構成、人間関係、なんでもいい。そいつの弱みを徹底的に探ってこい」


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