第10話:妹

 肥田を撃退して以来しばらくは平和な日々が続いていた。


 佐古とその仲間たちは学校を休みがちになり、たまにすれ違っても目を逸らしてそそくさと歩き去るだけだった。


 概ね平和な日々と言えるだろう。


 ただ1つ些細な問題を除いては。


 それは妹の朱音のことだった。


 病院から戻って以来まともに会話をしたことがない。


 こちらが距離をとっているわけではなく、向こうがあからさまに避けているのだ。


 べつに避けられたからと言ってこちらが気にすることでは全くないのだが両親が心配してくるのが問題だ。


 余計な気を使わせてこちらにまでその塁が及んではたまったものじゃない。


 そのためには少しでも仲がいいところをアピールしておかないと。


 そんなことを考えながら居間でテレビを見ているとその朱音が帰ってきた。


「朱音、おかえり。話があるなけど少しいいかな」


「今忙しい」


 これだ。


 どれだけ話しかけても聞く耳持たずといった態度だ。


 魔王だった頃の俺にこれほど不遜な態度を取っていたら肉親であっても処刑していたところだ。


 とはいえ人間である今は隠れ蓑にしているこの家族を崩壊させるわけにもいかない。


「ま、まあ待ってくれ。そんなこと言わずにこれを見てくれないか」


 朱音の歩みを止めるように前に立つと懐からネックレスを取り出す。


 銀の鎖の先にカットされた紫水晶がきらめいている。


「……」


「今日、帰る途中に出店で売ってるのを見つけたんだよ。朱音に似合うんじゃないかなと思ってね。入院した時は迷惑をかけただろ?そのお詫びに受け取ってくれないかな?」


「キモ」


「キモ?それはどういう意味なんだい?綺麗という意味なのかな?女の子の流行り言葉には疎くて」


「……気持ち悪いって言ってんのよ!」


 突然朱音の怒りが爆発した。


「いちいちいちいち話しかけてこないでよ!あんたが何考えてるのか知らないけど私はあんたに話なんかないし話したくもないの!」


 そう叫ぶとネックレスを奪い取り、床にたたきつけた?


「お詫び?なにがお詫びよ!そんな気なんかこれっぽっちもないくせに!」


「朱音……」


「人の名前を勝手に呼ぶな!兄貴面してんじゃねえよ!」


 朱音は叫びながらこちらを睨み付けると横を通り抜けていった。


「……あんたが兄貴の訳なんかない」


 呟くようにそう言い残すと自室に入っていき、まるで拒絶するかのように音高くドアを閉めてしまった。


(あらあら、ずいぶんと嫌われてしまったようですね)


 愉快そうなエレンシアの声が響いてくる。


(まあ聡明そうな少女ですし、あなたが隠している邪悪さを感じ取っているのでしょう。これもあなたの持つごう故でしょうね)


「……上等だ」


 今まで我慢していたがもう限界だ。


 両の掌に魔力球が生みだす


「そこまで拒絶するならこちらとしても望むところだ。徹底的にやってやろうじゃあないか。まずはそのドアを消し炭に変えて自分の立場というものをわからせてやる」


(ちょ、ちょっと、何をする気ですか!こんなところで魔法を使ったらただじゃ済みませんよ!)


(構わん。これは俺とあの女の戦争だ。戦争に多少の被害はつきものだとあいつも覚悟しているはずだ)


(そんなわけあるはずないでしょおおおお!)





    ◆





(……まったく、あなたも魔王とは言え王を名乗るならもう少し寛容な心を持ってはどうなのですか)


「寛容?知らない言葉だな。しかしまあ小娘の言葉程度にいちいち目くじらを立てていては魔王バルザファルの名が廃るのも確かだ。今回の件は大目に見てやるとしよう」


 結局あれからエレンシアの執拗な説得もあって朱音に処罰を下すことはやめにした。


 今は私室に戻って机に向かっているところだ。


 机の上には先ほど朱音に投げ捨てられたネックレスが置かれている。


(それにしても何故あの娘にプレゼントをしようと思ったのですか?あなたがお詫びのような殊勝なことを考えるとも思えないのですが……)


「よくわかっているじゃあないか。もちろんそんなつもりは毛頭ない」


 机の上のネックレスを取り上げる。


 紫水晶がLEDライトの明かりを受けて光を放った。


「これは魔道具だ」


(ま、魔道具ぅぅぅぅ!?)


「勘違いするなよ。別にこれであの小娘を呪おうというわけじゃない。むしろその逆でこいつはあいつを守るためのものだ」


(守る?それこそあなたから一番遠い言葉のように思うのですが……)


「別に情が移ったわけではない。だが今の俺にとってこの家族は隠れ蓑として機能してもらわなくてはならない。そのためにかかる危険に対して防御を講じる必要があるというだけだ」


(危険、ですか?見たところこの家族はこの国の基準としても平凡な一家のように思います。そのような危険があるとすればあなたくらいだと思うのですが)


「その通りだ。俺こそがこの家族の災厄となりえる。今後俺の前には多くの敵が現れるだろう。その時に真っ先に狙われるのは家族だ」


 例えば先日倒した肥田と言う男、ああいう奴は身の程を知らないうえに蛇のように執念深い。


 敵わないと分かれば俺という存在を構成する要素の中からより弱い部分を狙ってこようとするだろう。


 その対象が俺の妹である朱音になる可能性は明日の天気を予想するよりも容易い。


(なるほど~さすがは魔王だけあって凶悪非道な者の考えに精通していますね)


「あまり褒めるなよ。しかしネックレスを受け取ってもらえないとなると他の手を考えるしかないな……」


 考え込んでいるとスマホの通知音が鳴った。


「なんだ、明彦か。なになに、アニメの放送が始まるだと……まったく律儀な奴だ」


 明彦は好きな深夜アニメが始まる時に必ず衛人に知らせてきて2人で実況しながら見るのが日課だったらしい。


「生憎とこっちは忙しいんだ。寝ていたことにしておく……」


 スマホを手にしたまま動きが止まる。


(どうしたのですか?早くテレビをつけないと始まってしまいますよ。先週の引きからどうなるのか楽しみにしてるんですから早くつけてください)


「そうか、この手があったか」


(?)


「アニメはあとだ。今はやることが出来た」


(そ、そんな!私はこれを一週間の楽しみにしているのに!)


「そんなものあとになってから配信で幾らでも見せてやる」


(リアルタイムで見るのが重要なのですよ!)


「やかましい。それよりも黙って見ていろ。これは面白い実験になるぞ」


 俺はペンを取り上げると机の上に魔法陣を描きだした。


(何をしているんですか?)


「このスマホという奴はこっちの世界の魔道具のようなものだが、こいつは内部に水晶や金、白金を使っているんだ」


 描きあげた魔法陣の上にスマホを置くと詠唱を開始する。


 やがて魔法陣と反応してスマホが光を放ち始めた。


「よし、成功だ。これならスマホを魔道具にすることも可能だ」


(はあ、それでそのスマホを魔道具にしてどうしようというんです?)


「決まっているだろう、朱音のスマホを魔道具に変えるんだ。この世界の人間はスマホを肌身離さず持ち歩いているからな。護身用の魔道具にうってつけというわけだ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る