第9話:決着

 さて、反撃すると言っても普通に戦ったのではあっさり決着がついてしまうから面白くない。


 どうせなら何か愉快なことをやってみたいものだ。


「そうだな、せっかくだからあれを試してみるか……」


(ちょっと、何をやるつもりなんですか!こんなところで魔法を使うなんて!)


(いいから黙って見ていろ。面白いことが始まるぞ)


 足元で痙攣していた佐古が突然跳ね上がるように起き上がった。


「なっ!?」


「う……うがあああああっ!」


 驚く肥田に向かって佐古が飛び掛かる。


 そのまま肥田を地面に押し倒すと馬乗りになって殴りつけた。


「て、てめ……何をしやが……っ、おい!ぼさっと見てねえでこいつを……」


 肥田の言葉が途中で止まる。


 それも当然、奴の言葉を聞く者などいないからだ。


 いまや公園の広場はちょっとした暴動の場へと変わっていた。


 先ほどまで肥田の命令に従っていた男たちがてんでバラバラに喧嘩を始めている。


「な、なんだぁ!?」


「こいつ、いきなり殴ってきやがったぞ!」


「てめえら全員ぶっ殺してやる!」


「何しやがんだ!」


「うるせえぇぇぇ!死ねやあああっ!」


「だ、駄目だ!こいつら話が通じねえ!」


 問答無用で手当たり次第に殴り掛かる者とそれに必死で抵抗する者、周囲には悲鳴と怒号が響き渡り、もはや収拾がつく様子は皆無だ。


「も……森田ァ!これもてめえの仕業かァ!」


 何とか佐古を叩きのめした肥田がよろよろと起き上がる。


「な……何をしやがった!なんでこいつらがケンカを始めてんだ!」


「さあ?何か気に食わないことでもあったんじゃないか」


 肥田に向かって肩をすくめてみせる。


 当然これは催眠魔法の効果だ。


 今この場にいる者は魔法で怒りにかられ、感情の制御ができなくなっている……はずだった。


「しかし……思いのほか効果が薄いな。やはり精神系の魔法は苦手だな。やはり詠唱や触媒がないと駄目か……もしくはこの世界の人間は精神的なストレス耐性が強いのか?」


 見たところ魔法がかかっているのはおよそ半数と言ったところか。


 残りの半分は肥田と同じように自我を保ったままだ。


「我が強い者ほど耐性が高いのか。これは考慮する必要があるな」


(ななな……何をしてるんですかあああああっ!)


 頭の中でエレンシアが絶叫している。


「うるさいな。見ての通りこいつらで催眠魔法の実験をしてるところなんだから邪魔をするな」


(じょ……冗談じゃないですよ!今すぐやめてくださいっ!)


「馬鹿を言うな。この世界の人間に魔法が効くかどうか試せる絶好の機会なんだぞ。それにこれなら魔法を使っているとばれることもない。万が一見られてもただのケンカだと思われるだろ?」


(だろ?じゃないです!人間相手になんてことを!あ、あなたはやはり魔王……邪悪極まりない人類の敵です!)


「まだそんなことを言ってるのか。言っておくがこれでも譲歩してる方なんだぞ。俺がその気になればこいつらなど今頃灰になっていてもおかしくないのだからな」


「森田ァァァァ!」


 肥田が突っ込んできた。


 やみくもに振り回してくる拳を紙一重でかわしていく。


「ほらな?こいつらは人間と言ってもゴブリンやオークと大して変わらない奴らだぞ。こんな奴らに博愛を注ぐだけ無駄だと思わないか?」


(し……しかし……)


「まあ効果のほどはだいたい分かった。これ以上無益な時間を過ごす必要もないか。それにそろそろ飽きてきたしな」


「さっきから何をブツブツ言ってやがる!」


「止まれ」


 拳を振り上げた肥田の動きが止まる。


「な……か、体が……動かねえ……」


「ふむ、意識は制御できなくても体を操ることができるのか。それに距離も関係してるようだな」


「て……てめえは……何者なんだ……ほ、本当に人間なのか……っ」


 俺は怒りと困惑に歪んだ肥田の顔を鷲掴みにした。


「俺が何者なのかお前如きが知る必要はない。今回貴様らが冒した愚行はこれで許してやる。だがこれ以上俺に関わるようならその時はどうなるか、今ならお前でも理解できるな?」


 肥田の顔が困惑から恐怖へと変わる。


 察しの悪いこの男でも彼我の実力差を悟ったらしい。


「わかったのなら少し寝ておけ。そして二度と俺に近づくな」


 その声を合図に肥田の全身から力が抜け落ち、くたくたと地面に崩れ落ちる。


「さて、そろそろ終わりにするか」


 詠唱に呼応して地面に魔法陣が現れた。


「な、なんだあっ!?」


「地面が光ってるぞ?」


 ケンカをしていた男たちもその手を止めて足元を見つめていた。


忘却霧霞オブリビオンフォグ


 魔法陣から霧が立ち込める。


 魔法の霧は物の数秒で晴れていったがその頃には男たちはみな地面に倒れ伏していた。


「これでこいつらは今あったことを全て忘れるだろう。俺に対する恐怖を除いてな」


 俺は明彦を肩に担ぐと公園を後にした。


 公園の入り口では肥田の部下たちが誰も入ってこないように睨みを利かせていた。


「おい」


 俺が声をかけると驚いたように飛び上がる。


「な、なんでてめえがここに!?」


「ひ、肥田さんはどうしたんだよ!」


「あの男なら向こうで寝てるから行って介抱してやれ」


「はあ?」


「そ、そんなわけねえだろ!だって肥田さんには仲間が何人いると……」


 どうやら俺の言うことが信じられないらしい。


「面倒な奴らだな、さっさと行ってこい。疾風潮流ウインドストリーム


 腕を振ると男たちは風魔法に乗って公園の奥へとすっ飛んでいった。





「う……あ……」


 公園の入り口にあるベンチの上で明彦が目を覚ました。


「ぼ……僕は……なんでここに……?」


「気がついたかい?もう大丈夫だよ」


「え……衛ちゃん?ご……ごめん……衛ちゃん……僕は……衛ちゃんに酷いことを……」


 意識を取り戻した明彦は涙を流しながら謝ってきた。


 裏切り造反など魔界では食事をするのと同じくらい日常的だったというのにずいぶんと呑気な価値観だ。


 もちろんこの程度の些事で明彦を叱責するつもりなど毛頭ない。


「それならいいんだ。もうその問題は片付いたから」


「ほ、本当なの?肥田は衛ちゃんになにか酷いことをしたんじゃ……」


「大丈夫、彼らも話したらわかってくれたよ。もう僕たちに手出しをしないと約束してくれたから安心していいよ」


「で、でも……」


「とにかく心配するようなことはないから。それよりもこれ」


 尚も何かを言いたげな明彦を制するようにノートを手渡した。


「これでお礼は返したからね。それじゃ、僕はもう行くから明彦くんも気をつけて帰ってね」


 それだけ言うと手を伸ばそうとする明彦を置いて公園を後にした。


(最初こそどうなるかと思いましたが結果だけを見れば暴漢から1人の少年を救ったわけですし、あなたのやったこともあながち悪いことではないのかもしれませんね)


(別に人助けをしたかったわけじゃない。借りを返しただけだ。それに対人魔法の効果も試したかったしな)


(そ、そういえばそうでした!人間に魔法を使うなんて!ここは異世界なんですよ!予想もつかない効果があったらどうするつもりだったんですか!)


(別になかったんだから良いだろ。しかしまだまだ検証が必要だな。本当にこの世界の人間は魔法耐性が高いのか、それともこの世界の魔力の性質が違うのか……)


(話を聞きなさい!)


 頭の中でわめくエレンシアをよそに俺は夕日で染まる街を歩いていった。


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