第8話:決戦

「肥田さん!あいつが来たました!」


「よし、お前らは他の奴が入ってこないようにそこで張ってろ。他の入り口で張ってる奴らにもそう伝えておけ」


 公園の入り口で見張っていた部下からの連絡を受けた肥田は歯を剥きだしながら振り返った。


 目の前には屈強な男たちがずらりと囲んでいる。


 その数は40~50人にもなるだろうか。


「お前らぁ!奴が来たぞ!わかってんだろうなぁ!」


「「「「うっす!!!!」」」」


 肥田の怒号に周囲にいた男たちが一斉に応える。


 肥田の顔に獣のような笑みが浮かぶ。


「森田ァ、今日こそはてめえに地獄を見せてやるからな」





    ◆





「ふむ、ここはさながら都市のなかの森林だな。これなら多少暴れても周囲の住人に気付かれることもないというわけか」


 公園の中は一抱えもあるような木が何本も立っていて遊歩道から少し外れてしまえば奥で何をやっているのか全く分からない。


「山賊共が根城にするにはぴったりだな。世界が変わってもああいう連中のやることは変わらんな」


(のんきにそんなこと言っていていいんですか!彼らはきっと待ち伏せしているに決まっています!何の対策も立てないまま突っ込む気ですか!)


「なんだ、この俺を心配しているのか?」


(別にあなたの心配なんてしていません!その人間の身体を傷つけるんじゃないかと心配しているだけです!)


「面倒くさい奴だな。最低限の防御くらいはしてやるから安心しろ。それよりも着いたようだぞ」


 公園の奥の少し開けた場所にむさくるしい男たちが集まっている。


 手に手に武器を持っているが俺にしてみれば子供が玩具を手にしているのと変わらない。


「森田ァ!てめえよくも来たなあ!」


 肥田が顔に青筋を立てながら怒鳴ってきた。


「俺に歯向かったことを死ぬほど後悔させてやるからよォ!今さら謝っても……って何してやがる!」


 いちいち肥田の口上を聞いてやる義理はない。


 俺は明彦の元へと足を進めた。


「おいっ!てめ、なに勝手に……」


「おいこら、何やろうってんだ!」


 外野が何か叫んでいるが俺には関係ない。


「衛ちゃん……ごめん……僕……」


「いいんだよ。僕たち友達じゃないか」


 顔面を腫らして鼻血を流しながら涙まみれで謝る明彦に笑顔を返す。


「すぐに終わらせるからちょっと待っててくれないかな」


「すぐに終わらせるだあ!?てめえ、なに調子に……」


 後ろで叫ぶ肥田を無視して指を鳴らすと明彦は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「なっ……てめ、何をっ!?」


「明彦には眠ってもらっただけだ」


 立ち上がりながら肥田へと向き直る。


「俺の友達を続けてもらうためにもこれからのことを目撃されるのは都合が悪いからな」


「てめえ……」


「さっきからてめえてめえとうるさい奴だな。それしか喋れないのか」


「てめっ……」


 俺の言葉に肥田が言葉を詰まらせる。


「プ」


 肥田を囲む輪の中から吹きだす音がかすかに聞こえた。


「おいこらぁ、さっき笑った奴は誰だあっ!」


 肥田が怒りで顔を真っ赤にしている。


 こういう小さくまとまった集団でトップに立つ者は自意識過剰なタイプが多い。


 そういう者ほど自分が嘲笑の対象になるのが許せないのが常だ。


 肥田のような者がそうなった時にやることは1つ、己の力をその集団に誇示して誰がリーダーなのかを示そうとするだけだ。


 案の定肥田は俺を倒すことで傾いた天秤を元に戻そうと決めたようだ。


 怒りに燃えた目でこちらを睨みつけたかと思うと横にいた佐古を怒鳴りつけた。


「おい、佐古ォ!さっさとやれや!」


「ヒィッ!」


 肥田の怒号にびくりと跳ね上がった佐古が恐怖に歪んだ顔で飛びかかってきた。


「なんだ、結局お前が来るのか。学習能力がないのか?」


「う……うわあああぁぁぁっ!」


 転がるように突っ込んできた佐古が俺の足にしがみついた。


「?」


「よっしゃあ!おい、てめえら!今だ!」


 肥田の合図と共に男たちが一斉に腕を振り上げた。


 手にしているのは武器……ではない。


 石だ。


 握り拳ほどもある石が一斉にこちらに向かって放たれた。


 硬質の物体が時速80kmほどの速度で顔面に、身体にと降り注いだ。


 なるほど、こう来たか。


 肥田という男、ただ自意識の高い馬鹿ではないようだ。


「どうだあっ!足を掴まれてちゃ逃げられねえだろ!投石ってのはなあ、宮本武蔵も勝てねえ戦法なんだよ!」


 肥田が勝ち誇ったように吠える。


「流石は肥田くん!歴史から学ぶなんて半端ねえぜ!」


「やっぱ2年の頭は肥田くんだ!」


 暴力の熱気にあてられた男たちはヒステリックに叫びながら石を投げ続けている。


 確かに投石は地味に見えてなかなか侮れない戦法だ。


 補充は簡単だしこれだけの重さを持った硬質の物体がこの速度でぶつかればただでは済まない。


 まともに当たれば骨の1本や2本簡単に折れてしまうだろう。


 現に俺の足元で流れ弾に当たっている佐古がさっきから絶叫を上げている。


「ぎゃあああああっ!痛い!痛い!痛いっす肥田さん!」


「うるせえ!そもそもてめえが負けたのが悪いんだろうが!てめえはこれからそこの森田と同じ奴隷だ!おとなしくそこでじっとしてろ!」


「ひいいいいいっ!」


 男たちによる投石は10分ほども続いた。


 というか10分が限界だったようで次第に投げる手が止まっていったと言った方が正しいだろう。


 所詮は十代の人間の身体だ、石を無限に投げ続けるなどできるわけがない。


「て、てめえ……何なんだ……」


 肩で息をしながら肥田がこちらを睨みつけている。


「なんでてめえはそこに突っ立ってるんだよぉっ!」


「なんでって、別に倒れ込むほどでもないからだが?」


 投石は確かに有効ではあるが所詮は肉弾戦に限定される原始的な戦法に過ぎない。


 今のように自動防御魔法を展開していれば傷1つ負うことはない。


 もっとも魔法を知らないこの世界の人間にとっては当たる寸前で弾かれていることなどわかるはずもないだろう。


「や、やべえよ肥田くん、あいつあれだけ石を食らってんのに傷1つついてねえ!」


「化け物かよ……」


 周りの男たちもようやく事態の異常さに気付いたらしい。


「何者なんだよ!てめえはよお!」


 肥田が渾身の力で石を投げつけてきた。


 今までは単純に石の移動エネルギーを殺して足元に落としていただけだったが、今回はあえて強めに弾くことにした。


 当たる直前に石が反発し、肥田の横にいた男の腹に突き刺さった。


「ぐふっ!」


 まともにみぞおちに喰らって泡を吹きながら倒れる。


「んなっ!?」


「反撃しないとは言っていないからな。次はこちらからいかせてもらうぞ」


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