第11話:新たな影
街の川沿いに寂れた工場地帯がある。
夜になると誰も近寄ることのないその奥にある朽ちかけた廃工場の、板を打ち付けられた窓の隙間から微かに明かりが漏れている。
ここは辰星学園の不良たちが溜まり場にしている場所だった。
肥田を含む2年の不良たちはLEDランタンが照らす室内でむっつりと黙り込んだまま安い発泡酒をあおってた。
重苦しい雰囲気が部屋を包み込んでいる。
「クソ!」
肥田が握りつぶした感を壁に投げ捨てた。
空き缶は壁に当たると近くに置かれたゴミ箱代わりのペール缶のすぐ近くに落ちた。
あの日、何が起きたのか今でも思い出せない。
森田を呼び寄せて……気が付けば全員ボロボロになって森にのびていた。
あの男が何かをしたのは確実なのに何をされたのか全く覚えていないのだ。
しかし体と脳裏には森田に対する恐怖がしっかりと刻まれていることを肥田は自覚していた。
おそらく他の連中もそうなのだろう。
それが肥田の苛立ちをなおさら募らせていた。
「このままじゃやばいっすね……」
「アアッ!?そりゃ俺に言ってんのかッ!?」
ぽつりと呟いた部下に肥田が眉を吊り上げて掴みかかった。
「ち、違います!で、でもこのままじゃマジで俺らどうなっちまうんすか!」
「……!」
「月末はもう近いんすよ。金が集まらねえと……俺ら……」
「チッ!」
肥田は舌打ちと共に男を投げ捨てた。
2年を束ねているとはいえ肥田はいわゆる中間管理職に過ぎない。
更に上の存在に毎月上納金を納めなくてはいけないという点で肥田は佐古と変わらなかった。
今までは佐古が森田から毎月金を強請っていたから何事もなくやり過ごせていたのだが、それができなくなった今、どういう懲罰を受けることになるのか……
上納金を納めなかったものがどうなるのか、肥田は1年の時から何度となく目にしてきた。
次は俺がその番になるのか……そう考えるだけで背中に嫌な汗が噴き出してくる。
「んなこたわかってんだよ……」
再び缶を空にした肥田はしばらく黙り込んだ後でぽつりと呟いた。
「……
「吐影兄弟!」
部屋の中にどよめきが起こる。
「そ、それこそやばいっすよ!あんな極悪兄弟に頼みごとなんか地獄を見るに決まってるじゃないっすか!」
「あいつらに絡まれて人生終わった奴が何人もいるって話っすよ!」
「絶対に後でたかられるに決まってますよ!そうなったら上納金どころじゃ……」
「……っせえんだよっ!」
肥田が怒号と共に缶を握りつぶす。
「いいんだよ!今は森田のクソ野郎をぶちのめすのが先だ!あいつの家から何もかも搾り取ってやりゃあしばらくは大丈夫なんだ!後のことは後のことだ!」
「……でも……」
「でももクソもねえ!やらなきゃ後がねえのは俺たちなんだぞ!」
それでも躊躇う男に缶を投げつけながら肥田が吠える。
「やってやる……こうなったらとことんまでやってやろうじゃねえか!」
◆
「あれは……朱音じゃないか」
学校の帰り道で朱音を見かけた。
家とは反対方向に歩いている。
「こんなところで何をやってるんだ?」
気になって後をつけていくと朱音は川の方へと向かっていった。
(女性の後をつけるのは感心しませんね)
(今は危険なんだから仕方ないだろ。とはいってもあいつはそんな状況を知らないか)
肥田たちが襲ってきてまだ1週間ほどしか経っていない。
いつ何時復讐に現れてもおかしくないのだ。
気付かれないように数10メートル距離を取りながらついていく。
朱音は尾行に全く気付かないでそのままコンビニに入っていった。
「何か買い物でもするつもりなのか……?しかしなんでこんな場所で」
(いいからもう離れましょう。淑女のプライベートに踏み入るものではありません。魔王であってもそのくらいの分別はもって然るべきです)
(少し黙っていろ。あれは……ペットフード?)
窓越しに窺っていると朱音はペットコーナーで何かを物色しているようだった。
しかしうちにペットはいなかったはず。
思考の途中で頭を引っ込める。
寸前まで頭のあった位置を鉄パイプがかすめていった。
「おいおい、今の避けるのかよ。完全に殺したと思ってたのによ」
振り返ると男が立っていた。
でかい。
身長190センチはあるだろう。
汚く伸ばした長髪とまばらな顎髭、上半身は革のベストしか身に付けていない。
そして額には何故か数字の3が彫られている。
(な、なんなんですか!この人は!山賊ですか!?)
「知らん。そもそもこの国に山賊はいないはずだ」
「?なに1人でブツブツ言ってんだ?いかれてんのか?」
男が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「お前には関係ない話だ。というかお前は誰だ、なんで俺を襲ってきた」
「それこそ関係ねえよ。いいから死んどけ」
男が鉄パイプを振り上げる。
その直後に体を半歩右にずらした。
更に半歩下がったところを目の前の男が振るう鉄パイプが通過していった。
「マジかよ。こいつ体の後ろも見えてんのか」
背後から声がした。
振り返るとそこにはもう1人男がいた。
先ほどの男と容姿も格好もそっくりだ。
こちらは額に2の字が彫られている。
双子だろうか。
「なんなんだお前らは。兄弟揃って俺を狙いに来たのか」
「まあそういうこった。お前をぶち殺したら50万もらえることになってるんだわ」
2が答える。
そういうことか。
「つまり俺に賞金がかけられたということか。依頼主は……聞くまでもないが肥田だろうな」
「そういうこった。何をしたのか知らねえけどお前相当な恨みを買ってんな」
3が答える。
「別に売った覚えはないんだけどな」
(あんなことをしておいて恨まれないと思っていたのですか?)
「一応平和裏に解決できたと思っていたんだがな」
(心にもないことを!)
「お前さっきから何ブツブツ言ってんだ?薬でもやってんのか?」
「ああ、済まないな、こっちの話だ。それでお前らはその50万のために俺のところに来たという訳か」
「そういうこった。まあ俺らも鬼じゃねえからよ、100万出すなら大人しく帰ってやるぜ」
「……」
体を少し横に傾ける。
そこを3が振るう鉄パイプが空を切っていった。
「話が通じる相手には見えないな」
2が3に怒鳴る。
「おい龍三!俺が今話してる途中だろうが!」
「龍二、てめえは話ばっかでだりいんだよ。さっさとやって50万ゲットした方が楽だろうがよ」
龍三と呼ばれた3は悪びれもせずに鉄パイプをブラブラと揺らせている。
ひょっとしてこいつらは自分の名前に付いてる数字を彫って区別しているのか?
なんにせよここでは人目に付きすぎる。
俺は睨み合う2人の間に割って入った。
「まあ待て、お前たちの目的は俺なのだろう?だったらもっとゆっくりできる場所に移動しないか?」
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