六、妖の獲物になりました。

「ちょっ、いいです。放してったら」


 サンタさんは私を抱えて山を歩く。

 それもお姫様抱っこなんてロマンチックな方法じゃなく、米俵を担ぐような格好で。


「ダメだ。足をくじいただろ」


 近くにあった岩に私を乗せて言う。


「見せてみろ」


 ムッとしながら仕方なく私は足を見せた。

 器用にクルクルとサンタさんは布を巻いた。


「これでよし」

「あの、さっきのどういう意味なんですか」


 私は食い下がる。


「さっきの?」

「獲物がどうとか」

「ああ。お前がうまそうだから」


 サラッとサンタさんは言う。


「お前を、俺のものにしてやろうと思ってな」


 そっと私の顔に指を滑らせる。


「なっ……」


 妖しい目で見つめられて思わずドキッとしてしまう。


「あなたの獲物になんかなりませんから!」


 バシッと手を払いのける。


「実穂さん大丈夫かな……」


 私といっしょに担がれていた実穂さんをそっと膝の上に置く。

 途端ピクリと目を覚ました。


「実穂さん!」

「つくしさん!」


 人間の姿に変化する。


「お怪我はありませんか?」


 私の手を取って目をのぞきこむ。

 その姿に胸がじわりと温かくなる。


「私は大丈夫。実穂さんは?」

「僕は平気です」


 ニコリと実穂さんは微笑む。

 うーん癒される。

 その時、サンタさんが私と実穂さんをベリっとはがした。


「なにするんですか!」


 抗議する私にサンタさんは言う。


「つくしは俺のものだから」

「私はあなたのものになった覚えはないですけど」

「せいぜい強がっておけ」


 フンとサンタさんは笑った。


「その強気な態度気に入った。必ずお前を射止めてみせるからな」


 うっと私は言葉をつまらせる。

 どうやらとんでもないものに好かれてしまったみたいです。


「あとまた料理を作ってこい。お前の作る飯はうまい」

「なに勝手に……」


 その時声が聞こえた。


「つくしー?」


 私はハッとする。

 草の間をわけて誰かがやってくる。


「瑞樹!」


 我に返る。

 まずい。

 こんな状況を見られたら。

 だが、私の心配を感じたのかサンタさんも実穂さんもいつの間にか姿を消していた。


「つくし大丈夫?班の人から姿見かけないって聞いて」

「う、ううん。大丈夫ありがとー。ていうか瑞樹ごめんね。隣のクラスなのにわざわざ探してもらって」

「別にいいよ。つくし、ケガしたの?」


 瑞樹は息をのむ。

 私の足に視線が注がれているのを見て私は首の後ろをかいた。


「いや軽く転んだだけ。スタートダッシュきめこんだからさ。いやー慣れないことはするもんじゃないね」

「気をつけてね。つくしは女の子なんだから」


 そう言う瑞樹に私は言う。


「ありがと。先に行っててもらってもいい?私もすぐ追いつくから」

「うん。困ったらまたいつでも声かけて」


 瑞樹が去ると、背後からサンタさんと実穂さんが出てきた。


「なんだ、あいつ。お前より美人なのに、女の子なんだからとは変な言い回しだな」

「だって瑞樹男の子だもん」


 サンタさんが驚いた顔をする。


「あれでか?」

「そっ。かわいいでしょ」


 私が言うとサンタさんは笑った。


「かわいかろうが男に興味はないな。俺にはつくしのほうがうまそうに見える」

「それってほめ言葉ですか?」


 私は冷めた目で見る。


「俺はつくしがいい」


 うっ。

 そんな言葉に惑わされないし。


「それにつくしがいればいつでもおいしいもの食べ放題だしな」

「ちょっと私のことなんだと思っているの」


 全くこの妖は、と思う。


「大丈夫です。つくしさんを獲物になんかさせやしませんよ。僕が守ります」

「ハッ、狐風情に俺の相手がつとまるか?」

「ちょっとサンタさんそれ悪役のセリフ……」


 私は微笑む。


「サンタさん、ありがとうございました」


 なにはどうあれ、私を助けてくれた。

 悪い妖ではないだろう。


「お安い御用だ。せいぜい俺に感謝するがいい」


 その態度はどうかと思うけど。


「じゃ、私行きますね」


 私は立ち上がる。


「帰るのか」

「また、きますよ。今度はもっとおいしい料理を持ってきます。サンタさんに食べられないように」

「望むところだ」


 笑うとサンタさんは手を振った。 

 周りに紅葉が舞う。

 思わず目を閉じて。


 気づくと山のてっぺんがすごく近くにあった。


「あ、豊田さんだ」

「おーい早く!もう焼き芋はじめるよ」

「今行きます!」


 その時、なにかポケットに重さを感じた。


「これ……」


 ポケットのハンカチがふくらんでいる。

 開けてみるとむいた状態の栗が入っていた。


「サンタさん、ありがとう」


 サービス過剰だよ、と思う。

 あの綺麗な顔を思い出して胸がキュンとした。

 また会いにこよう。

 次はなにを持っていこうか。

 そのことを考えて、なんだか私はくすぐったい気持ちになった。

 あなたのものになんかならないけど。

 まあ少しは好きになってやってもいいかな、と思いながら私は急いで山をかけ上がっていった。

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妖の獲物になりました。 錦木 @book2017

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