五、まずいことになりました。
「栗」
私はつぶやいていた。
「芋にカボチャ、ブドウにキノコ……は一年中あるか。あとはなんだろー」
ブラブラしながら私は考えた。
「梨……とか」
目にしたものを見て私は驚く。
一面に梨がなっているのが見えた。
ここ梨畑とかあったっけ。
大きさがちょうどよく、色もいい。
「やっぱりむいて食べるのが一番。でもスイーツのアクセントに使ってもいいんだよね」
うんうんとうなずく。
「……咳止めになるとか言ってお母さんがよく食べさせてくれたっけ」
梨をそっと撫でる。
いかんいかん。
「人が育ててるものかもしれないし勝手に取っていくのはダメでしょ。よし山のコースに戻って」
その時フッとあたりが暗くなった。
「え……なになに?」
日が暮れたにしてはいきなり暗くなりすぎる。
周りを見ても真っ暗だ。
その時、暗闇に声が響いた。
「くさい。くさいぞえ」
高い女の人の声。
ひぇっ。
な、なに。
「小娘。人間かえ」
「ぴゃっ!」
いきなり耳元で声がして飛び上がる。
びっくりしたどころの騒ぎではない。
心臓が止まるかと思った。
そこには、美しい女が立っていた。
墨色の着物、鮮やかな紅い布が襟元から見える。
雪のように白い肌に紅を塗ったように艶やかな唇。
細面の和風美人だった。
凍えるような美しさに私は息をのむ。
「ここは
「あ、あのすみません。帰ります」
「そういうわけにはいかぬ」
冷たくピシリと美女は言う。
「ちょうどよい。食ろうてやろうぞ。人間は久しぶりじゃ。お前はまずそうじゃがな」
一言余計だ。
というかヤバい。
このままじゃ食べられてしまう。
私は逃げ出した。
「鬼ごっこかえ。無駄なことを」
足音は聞こえない。
ここがどこだかもわからないけど、今は逃げるしかない。
「あっ」
つまずいて転んだ。
下には根が張っている。
「だれか……」
「助けは来ないぞえ」
その時目の前がピカリと光った。
「え?」
「なにごとぞ」
相手がひるんだのがわかる。
「つくしさん!」
誰かに手をつかまれた。
明るい髪、瞳の男の子がそこに立っている。
「だ、だれ?」
「僕は
実穂という男の子は私の手を取って走り出す。
だれこの子知らない。
でも手は温かい。
懐かしい、温かさな気がする。
「危ない!」
その時横なぎにムチのようにしなった根が私たちスレスレのところを通り過ぎて行った。
「つくしさん。僕がしばらくここにいます。足止めにしかならないでしょうが、逃げてください」
「で、でも実穂さんが」
「早く!」
実穂さんの体が光った。
実穂さんもおそらく人間ではない。
手を取った瞬間にそう思った。
それでも私を助けようとしてくれている。
じゃあ私はその助けに甘えるしかない。
「実穂さん。ありがとう」
「逃さんぞえ」
女の放つムチがしなる。
実穂の光がそれを弾いた。
それでも防ぎきれず、実穂の腕が少し切れる。
「無駄なことを」
またムチがしなる。
実穂さんの体が跳ね飛ばされた。
「実穂さん!」
かけよるとそこには狐が横たわっていた。
麦のような綺麗な黄色。
ハッとする。
この子は朝草むらで見かけた。
実穂さんを抱いて私は走りはじめた。
「だれか……」
声にならない悲鳴をあげる。
「だれか助けて!」
「そこまでにしておけよ、女郎」
そのとき、誰かが闇の中から現れた。
白い着物に墨色の上着。
顔には笠。
さっき出会って弁当をあげた妖だ。
「よおつくし。また出会ったな」
「どうして……」
「弁当の礼くらいしようと思って来てやった。ありがたく思えよ」
その声はとっても偉そうだったが、この場では何よりありがたい言葉だった。
「山元か」
舌打ちをしそうな険しい声で女は言った。
「いかなお前といえどもいかんぞえ。そいつは妾の餌じゃ」
「いいや。違うな」
サンタさんが私に手をかざす。
するとフワリと私のハンカチが浮き上がった。
「そこに俺のしるしがつけてある」
いつの間に。
私のハンカチには文字のような絵のような不思議な紋様が浮かんでいた。
「つくしは俺のものだ」
ちょっと待った。
そんな状況ではないのに私は赤面する。
男子に呼び捨てで名前なんて呼ばれたことないのに。
ちょっ、こんなときに名前でよばないでー!
そう胸の中で叫んでいた。
「どうする。引くのか引かないのか」
どうしよう。
こんなやつなのに格好良く見えてきた。
「……今日のところはぶが悪い。引いてやろう」
裾を翻して女は言う。
「山元」
氷のような冷たい声で。
「あまり人間にいれこまぬことだ」
「お前にはやらん」
ニヤリとサンタさんは笑う。
「なんて言ったってつくしは俺の獲物なんだからな」
女は煙のように消える。
その途端周りの景色は元に戻った。
というか。
今なんて言った?
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