四、謎の出会いです。

 誰でもそうだと思うけど、私は美味しいものが好きだ。

 とにかくご飯が美味しければ幸せ!というある意味単純な性格だ。

 私の家は食堂をしている。

 お祖父ちゃんの前のお祖父ちゃんの頃から、お祖父ちゃん、そしてお母さんが受け継いだ。

 それから。

 私のお母さんは早くに亡くなってしまったのでお父さんが四苦八苦している。ところを私が手伝っている。

 だから、今日の料理は昨日のあまりものと私が今朝作ったものとが合わさっている。

 最高の合体食なのだ。

 お父さんは朝の仕入れに行って今朝はいなかったけど美味しいご飯を作ってくれた。

 少し寂しい気もしてけど花より団子。

 センチメンタルより目の前の弁当だ。

 こうしてみたら山歩きもハイキングみたいでいい感じ。

 裏山は山というよりこんもりと土が積もった土地のようなものなので登りがそんなにきつくないし。


「風が気持ちいいな」


 秋とはいえまだ暑い。

 運動した肌に涼しい風は心地よかった。

 この風のせいで海に行けなかったなんて思えないくらいそよそよした風だ。

 そう思っていたら、急に突風が吹いた。


「な、なに……!」


 山の上から下まで駆けぬけるように。

 追い風に負けないように踏ん張ると、なぜだかズボンのポケットに入れていたハンカチがスルリと抜けて斜面を降りていってしまった。


「ちょっとウソでしょ……!」


 私は泣く泣く今登ってきた斜面を降りる。

 ハンカチは小さな森になっている木のところに飛んでいってしまった。

 おや、と私は思う。


「こんなところに石段あったっけ」


 そこには石段があって上には小さな社があった。

 ふむ?

 私は首を傾げると、下を向いた。

 ハンカチが落ちている。


「あっ」


 また風が吹いてハンカチが舞い上がった。

 こら待て。

 誰かがそのハンカチをつかんだ。

 ハッと私は石段を見る。

 さっきまで気づかなかったのにそこに誰かが座っていた。


「これお前のか?」


 ハンカチを持った手を振る。


「はい。そうです。ありがとうございます」


 受け取ろうとする私に、突然その人は立ち上がった。


「これは拾ったから俺のものだ」

「はああ?」


 いけない、思ったことが口に出ていた。

 それはどういう論理で?


「交換条件だ。お前が持っているものをなにかよこせ」


 はい?

 どことなく俺様な口調で告げてくるその人を見る。

 身長は私よりけっこう高い。

 中学生かな?

 そして時代錯誤に着物を着ていた。

 着物?

 あれちょっと待って。

 いやな予感がした。

 これもしかして人間じゃないんじゃ……。


「くれるのか?くれないのか?」


 ニヤリとその人は笑う。

 笠をかぶっているので顔は口元くらいしか見えなかった。

 ていうかなんだその条件は。

 そのハンカチは私のものなんだけど。

 そのとき、相手のお腹がぐーと鳴った気がした。

 いや実際鳴った。


「腹が減っている。食べ物がいい」


 いっそ清々しくそいつは言う。


「もーしょうがないな」


 私は背負っていたリュックサックをガサゴソ混ぜ返す。


「はい」


 花柄のバンダナに包まれた弁当箱を取り出した。

 別におやつ入ってるし、山頂に行ったら焼き芋食べられるしお腹空いている人にお弁当あげてもいいでしょ。

 我ながら自分の寛大さにうんうんとうなずく。


「これは?」

「見ればわかるでしょ。おべんと」


 そいつは私のあげた弁当をしげしげと見た。

 そして言う。


「食っていいのか」

「あげたんだから当たり前でしょ。それより早くハンカチ返す」

「ああいいぞ」


 ハンカチを取り出して、そいつはなぜかそれを引っ込めた。


「ちょっと」

「やっぱりやめた。食ってからだ。うまかったら返す」


 そう言ってそいつは私の弁当箱を開け始めた。

 理不尽!


「これは……」


 そいつは私の弁当箱をのぞきこんでいる。


「おいしそうでしょ!」


 私はえへんと胸を張る。


「王道の卵焼きにタコさんウィンナー、彩りのブロッコリーは胡麻和えなの。おにぎりの具は鮭にツナマヨ、って聞いてる?」


 ガツガツとそいつは弁当を食っていた。

 決して上品ではないけどこぼさず食べる。

 これほど勢いがあるのはすごいな。

 よほどお腹が減っていたのだろうか。


「はあ」


 満足そうにため息をついてそいつは言う。


「うまいな」

「そうでしょ!」

「人間の作ったものを食うのは久しぶりだ」


 それは見る人を釘づけにするような綺麗な微笑みで。

 ふわりと風に紅葉が舞い上がる。

 少し笠が持ち上がって、目の色が見えた。

 紅葉のような、赤。

 はい、アウト。

 こいつは妖だ。


「じゃあ私はここらへんで失礼しようかな」


 まだやることも残っていることだし。


「おい待て。手ぬぐいいらないのか」

「いる」


 手渡されたハンカチを受け取る。


「ていうかこれはハンカチだから」

「お前名前はなんていうんだ?」


 いきなりなに?


「名乗るような名前はございません」 

「弁当箱の風呂敷につくしと書いてあった」 


 こいつめ。


「あれはお前の名前か?」

「そうです。私はつくしです。豊田とよたつくし」


 投げやりに言う。


「あなたは?」

「俺か?」

「人に聞いておいて自分は名乗らないの?」


 聞いておいてなんだが、まあいいかと思った。 


「名乗らないならまあいいです。私は急ぐのでこれで」

「待て」


 そいつは言った。


「俺は山元さんもとのタイ……」


 さんもとの、なんだって?

 それより急がないと。

 日が暮れてくる。


「ハイハイ、サンタさんね」 

「おいサンタさんってなんだ」

「じゃあねサンタさん。私これでも急いでるんで」


 私は急いで走って行った。

 薪木に落ち葉拾い再開。


「まったくなんなんだあいつは……」


 置いていけぼりにされた仮称・サンタはつくしの言ったほうを見て眉をしかめた。


「うん?たしかあっちは……」

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