静岡県K市のその場所で物を落としてはならない
その場所でなにかを落としてはいけない。
そこでなにかを落とすと不幸になる。
そこでなにかを落とせば呪われてしまう。
そこは交差点に挟まれた道路、向かいには老人ホームとアパートが建っている10メートルほどの区間。
子供の頃から噂されている話なので、かれこれもう二十年以上前からだろうか。
『チャリン』
「あっ」
久しぶりに里帰りし、夜中にコンビニへ行った帰り道、指で回していた家の鍵を落とした時に思い出した。
はは、子供の頃ならきっと大事件だったな。
町の方へ出るには近いのに、当時は学校だけでなく、親まで縁起が悪いからこの道は通るなと言っていたっけ。
まだそこまでSNSが普及していなかったので、都市伝説や怪談がよく流行した時代だったな。
外灯の明かりで落ちた鍵の位置を把握できたので、しゃがみ込んで拾おうとする。
しかし、右手はそのまま地面を擦ってしまう。
「あれ?」
いきなり鍵が消えてしまったかと思うと、耳元からぬるい息遣いが聞こえた。
それがまた猛烈に生臭く、吐き気を催す。
驚いて思わず声をあげそうだったが、ぎりぎり止めることが出来た。
「落としましたよ?」
たまらず振り返ると、黒いパーカーのようなものに身を包んだ人間がこちらへ右手を差し出していた。
声は低めだが、性別までは分からない。
それと袖の下に鱗のような傷が見えた気がしたが、あまりの臭いに少しでも早くこいつの側を離れたかった私は、息を止めながら礼を言う。
「あ、ありがとうございます」
私は右手を伸ばし、出来るだけ手のひらに触れないように、拾ってくれた家の鍵を急いで回収しようと試みる。
「えっ? うわぁあああ!」
しかしそいつに、そのままぎゅっと腕を掴まれた。
あまりにも不快な出来事に、今度は堪えきれず叫び声をあげてしまう。
伝わってきたのは、ぶにゅっ、という嫌な感触。
なんだ、これ?
家の鍵を渡されたのなら、紐を通してあるだけなので金属の硬い感触がするはずだ。
フードの人物はこちらが驚いて動けない間に、さらに左手も使い、私の右手を包み込む。
――こいつ、まともじゃない。
本能でそう感じ取った私は腕を振り切り、全速力でその場から走り去った。
しばらくして背後を確認してみたが、フードの人物が追ってきているような様子はない。
安堵すると同時に、右手にぶにゅっとした感触が伝わる。
しまった。
そこで、あいつに渡されたなにかを握ったままだったことを思い出す。
私は慌てて手の中の物を地面へ放り投げる。
「うわぁあああ!」
そしてその瞬間、そこでまた叫び声をあげてしまう。
べちゃりと地面に叩きつけられたモノ。
それが紛れもなく、血に塗れた人間の指だったからだ。
こんな体験談を静岡県に住む友人が、数日前に語ってくれた。
彼は現在仕事中の事故で利き腕の指を全て欠損し、入院中だ。
この件が関係しているのかは、分からない。
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