死者を生き返らせる方法

 5年ほど前に親交が深かった同僚の舞衣子。

 はつらつとした性格で責任感が強く、1度決めたことは最後までやり遂げるとても魅力的な女性。

 引っ込み思案な私と正反対なはずなのに、不思議とウマが合いたわいもない話でよく盛り上がった。

 そんな彼女は、最愛の恋人を事故で亡くしたことで変貌してしまう。


「私ね、どうしてもヨウくんを生き返らせたいの」


 計り知れない精神的負荷がかかっているであろう彼女が放ったその言葉に、私は「うん、その気持ち分かるよ。私も小さい時にお父さんが死んじゃったから」と相槌をうつしかなかった。

 この時、友人としてもっと真摯に向き合うべきだったと思う。しかしとてもじゃないが当時の憔悴した舞衣子へ「そんな馬鹿なことを考えていても気持ちは前向きになれない」などと辛辣な言葉をかけることは出来なかった。


 どんどん覇気が無くなり、奇怪な行動が増えていく。

 ついには取引先にまで「死者を蘇生させる方法を聞いたことがないですか?」と聞き出したり、「死後の世界は全てが逆さなの。こうしていればヨウくんがこっちに戻ってくるかもしれない」と言って服を裏返しに着て出勤したり。

 最初は心配していた同僚も、いよいよ舞衣子を腫物扱いし出した頃。

 彼女は職場を去った。

 理由はもちろん、死んでしまった彼氏を生き返らせる方法を探すため。それに人生を懸ける決意をしたのだ。

 彼女の奇行に手を焼いていた上司はこれを拒むことをせず、滞りなく退職手続きが進む。

 私だけが何度も説得をしたけれど、彼女の意思は変わらない。

 結局そのあとは一切連絡が返ってこなくなり、次に会ったのは数か月後。彼女の葬式だった。

 参列している人々は舞衣子の晩年を知っていたため、彼女が自ら命を絶ったこと首をかしげる者はいない。

 ただ私だけが、舞衣子は本当に恋人を生き返らせることを諦めたのか?

 疑問に思った。

 不謹慎を承知で彼女の姉に聞いたところ、命を絶つ数日前から「自分が1度死後の世界へ行き、ヨウくんの魂をこちら側に案内する必要がある」と口にしていたらしい。

 それを聞いてなるほど、と妙に納得したことを強く覚えている。



 つい先日、旦那と3歳になる息子を連れて花火大会へ出かけた。

 2人がトイレに行くと言うので、近くに座ってぼーっと雑踏を眺めている時。

 ふと、目が留まる。


「あっ!」


 思わず声が漏れた。

 手を繋いで屋台の横を歩く、着物姿の男女。

 その後ろ姿が舞衣子とその彼氏に、あまりにもそっくりだったからだ。

 慌てて正面へ周り込もうとしたが、あることに気が付いたのでやめておくことにした。

 繋いでいる手をよく見ると、指の方向がおかしい。舞衣子らしき人物の右手には左手、相手の左手には右手が付いているように見える。

 そうか、逆さごと。

 もう正面に回って確認なんて、するまでもない。

 よく考えれば季節もお盆、か。


「よかったね、舞衣子」


 そう呟くと、彼女は小さく頷いた気がした。


 次の瞬間。


「ばぁあああ!!」


 と奇声をあげながら振り返った、舞衣子だと思っていたモノ。

 目玉や鼻がくり抜かれたように存在しておらず、左右逆になった腕や足をばたばたと振り回しながら凄い速さでこちらへ近づいて来る。

 私はあまりの恐怖に、声を出すことも動くことも出来ない。

 周囲の人間はこの異様な光景に全く反応していない。

 そしてそのままもう目前まで迫られたところで、旦那と息子の声が聞こえた。

 するとソレは煙のように消え、視界には元の雑踏が広がるばかりだった。


 私はこの恐怖体験から教訓を得た。

 死者が蘇ることなど絶対にない。

 もし周りに親しかった死者のようなモノが現れたとしても、必ず気付かないふりをするべきだ。

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