そこじゃない

「心の中でゆっくり30秒数えてください。10秒も数える前に、すとんと意識が無くなりますから」


 麻酔科医がそう説明する。

 口にマスクが固定されている私には、言葉で返事をすることが出来ない。


「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。全身麻酔を施されて耐えられる人間は存在しません」


 違う。違う。

 違うの。

 私が怯えているのはそこじゃない。

 麻酔が効くかどうか、ではないの。

 目線や表情で必死に訴えようとする私を諭すような口調で、麻酔科医が続ける。


「目が覚めた時には手術が終わっています、安心して。では、点滴入りますよ」


 やっぱり駄目だった。

 やっぱり分かってもらえなかった。

 どうしたらいい?

 本当にどうしたら……。

 そんな事を考えているうちに、私の意識は麻酔科医の言葉通り、すとんと闇に消えてしまう。






 そして私が意識を取り戻した瞬間、声が聞こえる。


「心の中でゆっくり30秒数えてください。10秒も数える前に、すとんと意識が無くなりますから」


 かれこれ数十回このやりとりを繰り返しているが、手術は一向に始まらない。

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