ポイ捨て頭痛

 今から1ヵ月ほど前になるか。

 深夜に出張先から車で帰宅途中、吸っていた煙草の吸殻を車の窓から外に投げ捨てた。

 こんな時間だし誰にも見られることはないだろうと思っていたが、運悪く目撃されていたらしい。


「ちょっと、あなた! 今何を捨てたの!」


 ちょうど民家の目の前だったようで、その庭から甲高い声が響いた。目をやると、画面が光るスマホを片手に寝間着姿の若い女が立っている。

 ちっ、面倒だな。

 俺は返事をする代わりにアクセルを踏みスピードを上げ、その場を後にした。うしろでまだ女が声を荒げていたが、当然停車したり振り返ることなどしない。


 翌日。

 会社の建物内にある喫煙所で煙草を吹かしていると、


「ちょっと、あなた!」


 という声が聞こえてきた。

 耳元で発せられたような大声に思わず肩を上げ、慌てて周囲を見渡す。

 だが、喫煙所内に居るのは自分1人で人の影すらない。そのあと激しい頭痛に襲われたので、体調不良で耳がおかしくなっていたのだろうと思った。

 しかしそれからというもの、俺はたびたび聞こえるこの声と激しい頭痛に悩まされていくことになる。

 煙草に限らず料理で火を扱う時、友人と花火をした時。

 視界に火や炎が入ると、必ずあの耳障りな声が響く。そして、決まって激しい頭痛が現れた。

 当然病院にはかかったが、激しい片頭痛は稀に幻聴や幻覚を伴うらしく、おそらくそれだろうという診断だった。

 だが、あれだけはっきり聞こえる声。勘違いなわけがない。

 わけの分からない現象にノイローゼ気味となり、煙草をやめ、料理をやめ、関わることが怖くて火や炎に近付かない生活を送る。

 すると今度はゴミ捨ての際など、火や炎がなくてもあの声が聞こえるようになってしまう。


「ちょっと、あなた!」


 しかも日が経つにつれて頭痛はどんどん悪化し、それに伴い声が聞こえる時間も長くなっていく。


「何を捨てたの? 何を捨てたの? 何を捨てたの? 何を捨てたの? 何を捨てたの? 何を捨てたの? 何を捨てたの? 私達の家の庭に、何を捨てたの?」


 それが初めて聞こえた時。

 俺は自分を襲っている現象の正体を確信した。

 普段ニュースなど見ない俺が、あの時の民家が不審火で全焼していて、若い女を含む3人が死亡したという記事を目にしたのはそのすぐあとだった。

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