私のマスコットキャラクター
小学校2年生の頃、あるテーマパークを訪れた日のこと。今でこそ大手に客足をとられ衰退してしまったが、当時は家族連れを中心にとても賑わっている場所だった。
我が家は早くに母を亡くし、シングルファザーの父が私の誕生日に無理をして連れて行ってくれたので、強く記憶に残っている。
パーク内に足を踏み入れると、出店している屋台には漏れず行列ができ、最初にあるアトラクションの行列はその数倍だ。そして入り口ゲートを抜け少し進んだ広場で、マスコットキャラクターの着ぐるみがお出迎えしてくれている。
周りには同い年くらいの子供たちが群がり、楽しそうにしている姿を親が写真に収めていた。
その光景がとても羨ましく、もちろん私もとびついてみたくなる。
しかし当時は父に迷惑をかけてしまうことが億劫で、父の前では自分の気持ちを我慢することがクセになっていた。
そんな私の姿をみかねてか、父は「お誕生日なんだから、お祝いしてもらっておいで」と声をかけてくれたが、それでもなぜか素直になれず、
「ううん、どうせたくさん並ぶなら乗り物に乗りたい」
とお茶を濁した。
そうして2つほどのアトラクションを目一杯楽しんだあと、昼を回る前に私は父に向かって
「あー、楽しかった! ありがとうパパ、もうたくさん楽しんだからあとはお家でお絵書きがしたいな」
と伝える。
お昼ご飯は家で食べたほうが節約になるし、これ以上父にお金を使わせないためだ。
当時の私でも、自分の家が貧乏であることくらい気付いていた。そしてそれを隠してなんとか私に辛い思いをさせないよう、配慮していた父の優しさにも。
「せっかく来たんだから、もっと遊ぼう」と父が気遣いを見せてくれた時、ちょうど父の携帯電話が鳴った。
「仕事の電話だ、ここから動かないで少しだけ待ってて」
そう言って電話をとりながら、早足で離れた場所へ移動していく。その際、電話の向こう側から泥棒、卑怯者だの汚い言葉が聞こえてきた。
父が帰るのを待っている間に、私へ向けられている視線に気付く。
その方向を見ると、こちらに視線を向けている者が明らかになった。
着ぐるみだ。
ただし、さっき入り口に居た人気キャラクターではなく、見たことのないキャラクターだった。うさぎをモチーフにしたであろうピンク色のキャラクターが、元気に跳びはねながらこちらへ手招きしている。
周りには誰もおらず、今行けばおそらくあのマスコットキャラクターを独り占め出来るだろう。
嬉しくなった私は走って着ぐるみへ近づき、勢い良くとびこんだ。
着ぐるみはそんな私をぎゅっと抱きしめ、嬉しくてたまらないはずなのに、どうしてか涙が込み上げている私の頭を撫でてくれた。
何度もぎゅっと力を込める私に応えるように、何度も、何度も。
時間にすればほんの数分だったけれど、間違いなくパーク内で一番幸せな時間だった。
しばらくして父が戻った時、そっちを向いて「おかえり!」と声を弾ませる私が振り返ると、着ぐるみはもうどこにも見当たらなかった。
父にその話をして周囲をくまなく探しても見ても、やはり着ぐるみを見つけることは出来なかった。
それどころか、父が係員に聞いてみたところ、テーマパーク内にそんな見た目のキャラクターは居ないと言われたという。
その経験から長い時が経ち、現在イラストレーターという仕事に就いた彼女。
当時の体験に出てきた着ぐるみを模したキャラクターを世に繰り出し、大きな成功を収めている。
先月の誕生日には、父と2人で温泉旅行へ出かけたそうだ。
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