カナエ様
カナエ様は願いを叶えてくれる。
カナエ様にお願いをする時は、願い事を必ず2つ用意すること。
願いは必ず叶うが、その方法はカナエ様が決める。
この村に残る言い伝え。
元々は高名な巫女だったらしいが、人に裏切られ地位も住処を追われ、最後には自ら命を絶ち、今もカナエ様という概念として村外れの神社に残り続けているらしい。
ありがちなオカルト話だが、少し珍しいのは願い事を2つ用意するという点。
ちなみにカナエ様はその最期まで、人間を大層憎んでいたという。それなのに人間の願いを叶える存在として残り続けているなんて、とんでもない皮肉だ。
僕は落書きまみれでずぶ濡れの通学用カバンを背負い直すと、裸足のまま神社へと向かう。
物心ついた時から幽霊が視える。
これがいじめの原因なのは明白だった。
両親には昔から気味悪がられ、年齢を重ねるごとに周りから向けられる目も興味から軽蔑へ変わっていく。さすがに小学校中学年ごろから口にはしない方がいいと気付いたが、それでもやはり突然血だらけの少女が現れれば驚くし、首だけがずらりと並んでいれば吐き気を催してしまう。
嘘吐き、きもい、演技上手。
名前よりも多く言われてきた言葉だ。
僕だって、望んでこんな風に生まれたわけじゃない。でもやはり、転校してきたこの学校でも1ヵ月も経たずいじめの標的にされた。
本当は分かっているんだ。このクソみたいな世の中にカナエ様なんて都合の良い都市伝説は存在しないこと。
でもずっとこの世のものでない存在に邪魔されてきた僕の人生、最後に頼るのがこの世のものじゃなくてもいいじゃないか。
カビが目立つ賽銭箱まで辿り着き、手を合わせて目をつむる。カナエ様に願う手順は知っていたし、願い事も決めていたので悩むこともなかった。
「いじめがなくなりますように。幽霊が視えなくなりますように」
500円玉を2枚投銭し、願い事をしっかり2つ唱える。その直後。
「――え?」
突然、目の前が真っ暗になった。
なんだ、これ?
本当に何も見えない。まぶたをこすろうが指で目を見開こうが、一筋の光すらも入らない。
どうして? なにが起きてる?
突然身体を襲った症状に動けないでいるところを神主に見つかり、保護された。そして状況を説明すると、すぐに両親へと連絡を入れてくれる。
そこからさらに1時間ほどが経過し少し落ち着きを取り戻した頃、母親が体裁を保つため、見えなくても分かるほど面倒臭そうな声のトーンで迎えに現れる。
そのまま診療所へ連れていかれたが、ここでは全く原因の特定も対処も出来なかった。
紹介状をもらい、その後かなり距離のある大きな病院を3件ほど回る。しかしどれだけ調べようが治療を試そうが、その日以降2度と光が戻ることはなく、僕の両目は完全に視力を失ってしまった。
しばらくして盲学校へ転校すると、もういじめられることはなくなった。
もちろん幽霊を視ることもない。いや、物理的に視ることが出来なくなったと言った方が正しいか。
あの時、2つの願いを同時に叶える方法としてカナエ様が選んだのは僕の失明。なるほどたしかに大層人間を憎んでいるらしい。
ただ、僕には少しだけ情けをかけてくれたんじゃないだろうか。だって僕が唱えた2つの願い事は、考えてみればあの場で命を奪われようと成立していたはずだから。
今は視力こそ失ったものの、気の合う仲間に囲まれて、当時に比べればずいぶん幸せな毎日だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます