生きてるだけで可愛いから
大人しそうな雰囲気が格好の的になるんだろう。
大学進学で東京に出てからというもの、私はかなりの頻度でナンパの被害に遭っていた。
上京したての頃はそれこそひとつひとつ誠実に断りを入れていたが、それが大体週に1度の間隔で延々と続いていけば、当然対応もないがしろになっていく。
そもそも声をかけられるのは、なぜか決まって急いでいる時や落ち込んでいてテンションが低い時ばかり。
「お! 可愛いお姉さん、ちょっとだけお話してもいい?」
ほらきた。
今日は皆の前でいつも厳しい女教授に、レポートの出来をこっぴどく叩かれたばかりだというのに。
「お姉さん? あれ? きみだよ、可愛すぎて歩くだけで周囲の女の子に嫉妬されてそうなきみ!」
こちらが無視を決め込んでいるのに、いかにもな軽い口調でまくし立てる。
これだけ近距離で会話されれば自分に喋ってることくらい分かるから。分かったうえで関係ないフリをしてるの。そう言い返したこともあったが、結局はどうでもいい話が長引くだけだ。
とにかく徹底して無視を決め込むのが1番早い。
これをすると捨てゼリフに罵声を浴びせられることもあるけど、時間を奪われるよりはかなりマシ。
「おーい? しかしお姉さん、本当に可愛いね。オレが見てきた中でダントツ1番可愛い!」
顔の向きを地面に固定しながら、すたすたと足早に駅へ向かう。
「いや、本当に可愛いな。顔とか服装がっていうんじゃなくて、なんていうの? もう存在が可愛いってやつ?」
当然、振り向いて容姿を確認することすらしない。少しでも反応を見せると隙を与えてしまうから。
「あ、あれだ! 生きてるだけで可愛い! 生まれてきてくれてありがとうって感じ!」
はいはい、無視無視。
「何を食べたらそんなに可愛くなるの?」
「って、大事な事聞くの忘れてた! 彼氏居る?」
「大学生? 専門学生? まさか高校生だったりしないよね?」
「犬派? 猫派? きっと犬派だと思うなー」
「勝手なイメージだけどさ、なんか炭酸飲めなさそう」
「意外に部屋汚いタイプ? でも風水とか気にして、玄関と水周りだけは綺麗にしてるっぽい」
はぁ、いい加減しつこい。しかもなぜか後半は全て当たっているし。
そう思って、相手に聞こえないほど小さなため息を吐いた時。
「あとさ、生きてるだけでそんなに可愛いなら絶対死んでも可愛いでしょ? 楽しみだなぁ」
一瞬、立ち止まってしまう。
2、3秒して鳥肌がふつふつと指先から頭へのぼる。
「あ、出来るだけ顔は怪我しないように守るんだよ。交通事故らしいから」
いよいよ顔を上げてしまったそこには、誰の姿も見当たらなかった。
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