こわい
娘の未亜は先月3歳の誕生日を迎え、最近ではかなり子育てが楽になってきたと感じる場面が多い。
喜怒哀楽の表現を言葉で行えるようになってきたし、やって良いことと悪いことの分別もかなりついてきている。
しかし、昔からただ1つだけ何度注意しても、どうしても治らない危険な癖があった。
刃物があると、それを見つけて自分の指を切るのだ。そして事後にどれだけその行為を怒ろうが諭そうが、首を横に振るだけ。
カッターやハサミなどの文房具、包丁やピーラーなどの調理器具関係なく、刃物があれば決まって左の人差し指に傷を付ける。
しかも引き出しの中やカバンの中に入れたり、いくら巧妙に隠そうが必ずすぐにそれを見つけ出す。
なので刃物の類は、絶対に未亜の手の届かない場所に置いている。まぁこれは、小さな子供を持つ親としては当たり前のことなのだが。
会社へ行く主人を玄関まで見送り、リビングに戻ってゴミ出しをしようとしたところ、部屋の中からガサガサと音がする事に気が付いた。
中をのぞくと、まだ眠っていたはずの美亜がいつの間にか起きていて、ゴミ袋をあさっている。
……しまった。一気に血の気が引く。
袋の中にはたしか、昨日夕飯に使ったシーチキンの缶詰が入っていからだ。
不安は的中し、美亜は大量にあるゴミの中から迷わず缶詰を取り出すと、その切り口に左人差し指をあてる。
「だめ! やめなさい!」
私の注意は間に合わず、いや、美亜が聞く耳を持たず。特に今回は深く切ったようで、その幼い指先からはぴゅっと血が噴き出した。
すぐに救急箱から消毒液と絆創膏を取り出し、手当てをする。そして涙をこらえながら、なんとか言葉を吐き出す。
「美亜、どうしてこんなことばかりするの? お願いだから危ないことはやめて」
何度も言ってきた言葉だが、いつものように美亜はうつろな目で宙を見つめながら、首を横に振るだけだ。
この癖は治らない、分かっている。今回も缶詰に気付かなかった私が悪い。
「……だって、こわいから」
――え?
今まで1度も返事をしたことなどなかったので、これには驚いた。
この機会を逃すまいと、私は美亜の頭に手を置きながら理由を訊ねる。
「こわい? こわいって、なにがこわいの?」
美亜は返事をする代わりに、視点の先、なにもないはずの場所。
いや、なにもないと思っていたはずの場所を指さした。
そこにあったのは、女の首。
違う、厳密に言えば私の首だ。
宙に浮いた私の生首が、美亜の方をじっと見つめている。
「きゃあああああああ!!」
信じられない光景に、思わず叫び声をあげた。
それでも生首は私のことなど意に介さず、ひたすら美亜の方を見つめ続けていた。
そしてにこっと笑ったかと思うと、
「かわいいねぇ、私の美亜。もっともっと血を見せてね」
とつぶやき、ふっとその姿を消してしまった。
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