無限コンビニ
「ちぇ、やっぱりここも売り切れじゃん。もう売ってそうな場所なくね?」
「デパートやおもちゃ屋は全部見たから、あとは学校の裏にあるコンビニだけかな」
「なんで今回は金曜日に発売なんだよ。土日なら朝からいけるのに」
自転車のハンドルに頬を突き、大きなため息を吐いたのは同じクラスのフトシだ。
少し言葉遣いが粗く、体格に恵まれたガキ大将といった感じだが、面倒見がよく幼稚園から一緒の僕ととても仲が良い。
今日は放課後にフトシの提案で、今爆発的に流行しているカードゲームの最新パックを買うために色々な店をはしごしている。
しかし大型デパートやおもちゃ屋、果てはコンビニまでしらみ潰しに当たっているけど、未だに出会えていない。僕達の通う中学校はもちろん、大人の間でも大人気だというのだから仕方ないかもしれないが、僕もフトシもいち早く最新パックを手に入れたいという気持ちは一緒だった。
「まぁ一応行ってみるか」
「うん。もしかしたら皆同じ考えで、残っているかもしれないしね」
フトシが一応とつけたのは、もちろん学校の裏にあるコンビニなんて皆がこぞって集まるだろうし、現時点で残っている可能性はとても低いと考えたからだ。
僕達が最初に出来るだけ学校から離れた場所を探したのもその考えがあったからで、言ってしまえば一番期待出来ない場所でもある。
それでも、前述のように少しの可能性を求めて僕達は再び自転車にまたがった。
目的地のコンビニまでは、出発したデパートから自転車で約20分。
自電車を漕いで10分ほどが経過した頃、道中の田舎道で頬に汗を滴らせたフトシが口を開いた。
「喉乾いた、ちょっと自販機でジュース買うわ。お前は?」
「僕はコンビニまで我慢出来るから大丈夫。ここで待ってるね」
「おう、時間使って悪いな。すぐ戻るから」
フトシは僕の隣に自転車を停めると、自販機がある川向こうへ横道を歩いていく。
隣町から学校方面へ抜ける裏道のようなこの川周辺は、表に新しい道路が出来てからほとんど人通りがないので、道の舗装も直されておらず、削れたアスファルトから生え茂る草が目立つ。
チェーンに絡まったり隆起した地面にハンドルをとられないように、自転車を置いて行ったかたちだ。
「おい、ちょっと来てくれ!」
だんだんと傾く日を眺めながらそのまましばらく待っていると、遠くに見えるフトシの声が聞こえた。
焦っているような声色だったので、なにかあったのかと僕も自転車を停めてフトシが居る方向へ走る。
すると近づくにつれて、露になっていくフトシを驚かせた存在。
田舎道にある寂れた川の周辺に、どう考えても似つかわしくない建物が姿を現した。電飾の付いた看板、窓に貼られたいくつもの広告、入り口に並ぶのぼり。
「……なにこれ、コンビニ?」
見覚えのない看板と駐車場が見当たらないこと以外、それはどこからどう見ても町でみかけるコンビニと同じ作りだった。
「だよな! まさかこんな場所にコンビニが出来てるなんて。あれ、なんて読むんだ?」
フトシが指さした方向にある看板には、8の字を横にしたようなマークが緑と黄色の二色で描かれている。
あれはたしか、前にプレイしたゲームで覚えがあるぞ。
「無限って意味だったと思う。読み方は忘れちゃった」
「なんだよそれ、恰好いいじゃん。無限コンビニか」
「あのさ、もしかしてここなら売ってるかな? 最新パック」
僕は建物を見た時から沸いていた疑問を、フトシにぶつけてみた。
「お! たしかに! 家でも学校でもここにコンビニがあるなんて話聞いたことないし、あり得るぞ!」
見たところ僕達の他にお客さんもいないようだし、本当にここなら最新カードパックがあるかもしれない。
僕達は早速店内へ入ってみることにした。
ワクワクしながら二人で入り口を潜ると、「いらっしゃいませ」とレジの中に居る綺麗なお姉さんが頭を下げてくれた。
中は外から見た外観よりずっと広い。あちこちに並ぶ棚へ目をやるより先に、フトシがお姉さんへ声をかけた。
「すいません、今日発売のカードパックってありますか?」
本日何度目かのその光景。その度に期待するものの、返ってくる返事は「あぁ、品出しして直ぐに売り切れちゃったよ」「店頭に並んでなければないね」と言ったものばかり。
今回はどうかと、少しの期待を胸にお姉さんの表情を伺う。
「もちろんございますよ。当店はお客様の今欲しいというニーズにお応えできるよう、24時間最善の努力を尽くしております」
その言葉に、僕達は抱き合って喜んだ。
早速案内された棚を見ると、本当に最新カードパックが並んでいる。しかもいつもは朝から探し歩いて見つけても数パックしか残っていないのに、ここにはボックスが3つも置いてあった。
「やった! 皆に自慢しようぜ!」
5パックずつを選び嬉々としてレジへ向かおうとしたところ、途中の棚にある商品を見て僕達は更に驚く。
「え、マジかよ! これって絶版になった超レアパックじゃね?」
「嘘でしょ……いや、本当だ!」
じっくり見てみても、それは間違いなくフトシの言う通りプレミアが付いているカードパックだった。慌てて財布を確認し、追加で5パックずつを手に取る。
そのあとレジへ行く前に全ての棚へ目を通したけれど、店内は宝石箱に見えるほど魅力的な商品に溢れていた。
カードパックはもちろん、話題のゲームソフトや隣町のスーパーまで行かないと手に入らない美味しいお菓子など、店員のお姉さんの言う通り僕達が欲しいと思えるものばかり。
僕とフトシが今帰り道で飲んでいるのも、最近芸能人が話題にして品薄になった炭酸飲料だ。
「本当にすごかったな、あそこ。なぁ、あのコンビニの事は俺達だけの秘密にしようぜ」
「もちろん。皆に教えちゃうとまたカードが買えなくなっちゃうからね」
翌週の月曜日から、僕とフトシは瞬く間に学校で大人気になった。
注目を浴びているのは言うまでもなく、僕達が持っている最新カードやレアカード達。
表向きは出張の多い僕のお父さんがたまたま見つけて買ってきてくれたという体になっているが、実際は全てあのコンビニで購入したものだ。
しかし約束通り僕達はそれを誰にも口外せず、親や兄弟にすら隠し通していた。
そうして無限コンビニは、フトシと二人で遊ぶ場合だけに行く秘密基地のような存在になっていき、僕達はお小遣いのほとんどをここに注ぎ込んだ。
初めて無限コンビニを見つけてから、1ヵ月半ほどが経ったある日。
僕とフトシは学校帰りに今日発売の最新カードパックを買うため、いつも通り無限コンビニを訪れていた。
ここはいつ来ても僕達以外に人が居ない。店員さんも、いつも同じお姉さんがレジに1人立っているだけだ。
そろそろ誰かが気付きそうなものだと思ったが、誰も気付かないでいてくれるに越したことはないのでむしろ都合が良かった。
「あったよ! 今日は10パックずつ買って、少し皆に分けてあげようか?」
やはりここには最新カードパックが山のようにあった。興奮気味にフトシへ話しかけると、突然フトシが僕の口を塞いで抱きかかえた。
「――でかい声出すな」
耳元でも聞こえるか聞こえないか程度の小声でそう呟いたフトシの目線は、棚を挟んで入り口のほうへ向いている。
商品の隙間から見えるその様子を確認した時、反射的に忠告に背いて思わず大きな叫び声をあげそうになった。
「な、なにあれ」
一瞬で血の気が引くと同時に、店内には今まで自分達が入った時以外に聞いたことがない入店音が響き渡った。
ただし、反応したのは人間に対してじゃない。
3メートルはあるであろう天井にぶつからないように身を屈め、歯茎を剥き出しにするほどの笑顔を作っている。首と髪の毛が異様に長く、アンバランスな身体から地面に垂れたボサボサの髪をずるずると引き摺りながら、窮屈そうに無数に生えた鋭利な歯をカン、カンと打ち鳴らす、あの怪物にだ。
「分からないけど、出入口はあいつが入ってきたあそこしかない。今のうちに障害物で姿を見られないように移動して、一気に外へ逃げよう」
あれを見てから恐怖で手足の震えが止まらない僕にとって、いつでも強気なフトシが一緒に居ることはこのうえなく心強かった。
きっと一人なら動くことなんて出来ず、すぐにあの長身の化物に見つかっていただろう。
フトシの後を追うように、震える身体をなんとか動かし出入口方面へと向かう。化物に見つからないよう、しゃがみながら棚を挟まず一直線にならないよう慎重に。
ふと来た道を振り返ってみるが、まだ数メートルも進めていないことに絶望する。
髪の毛をひきずる音や歯を鳴らす音が大きくなり、不快で不気味で逃げ出したくなる。
それでも、ようやくある程度まで足を進められたその時。
レジの方向から喋り声が聞こえ、僕とフトシは思わずそれに耳を澄ませた。
異様に甲高いその声は、レジ前に居るあの化物の後ろ姿から聞こえる。
「に、人間が人間が人間が人間が人間が人間が欲しい! 子供、子供、子供、子供、二人!」
なんだ、今の。
聞こえてしまったそれがあまりに恐ろし過ぎて、僕は腰を抜かしてしまい、涙を流しながら必死で声を抑えてフトシの方を見る。
フトシはそんな僕の手をぎゅっと掴み無理矢理立ち上がらせると、自分をも奮い立たせるように大声をあげた。
「今だ! 一気に走れ!」
たしかにもう、出入口はかなり近いはずだ。
化物の足の速さは分からない。それでも、たしかにそうするしかない。
僕は残っているかすかな力を振り絞り、フトシと共に全速力で前へ駆け出した。
「……嘘だ」
しかし、そんな僕達の眼には更に信じられない光景が立ちはだかる。
それを目の当たりにし、僕より先に声を出せたのはフトシ。僕にはもう、声を絞り出す力すら残っていなかった。
ぺたん、と再び地面にへたり込んだ僕の隣で、ついにフトシも「誰か、助けて!」と叫びながら涙を溢す。
間違いなくそこにあったはずの出入口は、消えていた。
代わりに棚が隙間無く陳列され、もうどうやっても逃げることなど出来ない。
諦めて振り返った先には、当然あの怪物。いつの間にかこちらを向いており、高笑いしながら歯を高速で打ち鳴らす。
そしてその奥、レジの中。
そこから、お姉さんがいつもと変わらぬ口調でこう言った。
「もちろんございますよ。当店はお客様の今欲しいというニーズにお応えできるよう、24時間最善の努力を尽くしております」
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