私の、

 所属するテニス部の練習が終わり、帰り道が同じ友人の愛莉とも別れあとは帰宅するだけという状況。

 家から歩いて数分のところにある小さな公園内を通っていると、一冊のノートが落ちている事に気付いた。

 夜間照明に照らされ、まるでスポットライトでも当てられたように存在するそれは少し褪せていて、右上の角が削れている。

 緑色の表紙には何も書いておらず、拾いあげて裏返してみても文字は確認出来なかった。思ったよりも感触が厚い。

 私は、ノートの左端に手を掛ける。

 もし中を見て持ち主が判別出来るようなら交番に届けようとか、そうでなくてもせめて分かり易い場所に置き換えようなどと思ったが、正直に言えば実際はほとんど野次馬根性でしかない。

 少しワクワクしながら指でページを弾く。


「ひっ!」


 思わず声が漏れ、ノートを落としてしまう。

 そして馬鹿な好奇心をひどく後悔した。

 ひろがったそこに切り貼りしてあったのは、直視出来ないほど凄惨な写真の数々。

 かち割られたような破損とそこからはみ出す脳漿、顔の皮が剥がされ鋏で止められているものもある。

 人間の死体、主に頭部を撮影したと思われるそれらは、私に言い表せないほどの嫌悪感を与えるには充分過ぎた。

 蛆が湧く頭蓋、抉り取られた目玉、釘が打たれた舌。

 理解が追い付くにつれて、猛烈な吐き気を催す。

 いたずらにしては悪質過ぎる。私は自分以外、特に万一でも公園に遊びに来た子供達の目に触れることがないよう、ノートを破り近くのゴミ捨て場へ投げ捨てた。

 そのあとしばらく公園のトイレに篭り、ようやく帰宅出来たのはそこから三十分も経過した後だった。



 翌日は朝から食事が喉を通らず、昼も母が作ってくれた弁当を半分以上残してしまった。

 昨日のノートの中身が頭から離れないのだから仕方ない。

 愛莉が帰り道、元気の無さと食欲の無さを心配してくれたが、内容が内容なだけにあまり人に話す気にはなれなかった。

 体調が悪いかもとごまかし、愛莉と別れいつもの公園を通る手前にさしかかる。

 しかし昨日の事がより鮮明に思い出され、そこを通る事を身体が拒否した。ほとんど飲食していないので、唇も渇く。

 今日は少し遠回りになるけれど、迂回して帰ることにした。

 こっちは結構な裏道で、照明の類はほとんどない。途中に唯一存在する明かりは自動販売機だけ。

 それでも、明るい公園を選ぶより精神的には随分とマシだ。

 私は飲み物を購入するため、自動販売機に近寄ると財布を探すため鞄を開いた。

 すると左腕で抱える鞄の下、足元になにかがあることに気が付く。

 その正体に気付いた瞬間、血管が破裂しそうなくらい脈拍が上昇する。

 脂汗が滝のように流れ、昨日と同じ吐き気が襲う。

 少し褪せた緑色の表紙に、削れた角。


 ……嘘だ。


 そんなはずがない。

 だってあれは、間違いなく私が破り捨てたはずだ。

 おそるおそるノートを拾いあげようとするが、手が震えて上手く掴めない。

 3度目でようやく掴んだその感触は、昨日と同じくらいの厚さ。


 ――同じノートとは限らない。

 いや。

 同じノートであるはずがない。


 きっと似ているだけだ。

 それでも確かめずにはいられなかった私は、恐怖で地面にへたり込みながらもなんとかページを捲る。

 またあれらの写真があったとしても、もう声をあげることはない。その可能性も充分にあると分かっているから。

 ペラ、と乾いた音が響く。

 瞬間。


「きゃああああああああああああああああああ!」


 眩暈がし、視界がぐにゃりと歪む。

 涙が溢れ出し、悲鳴と嘔吐を止める事が出来ない。

 どうして? グロテスクな写真を見る事になるかもと、予想していたんじゃなかったの?

 違う。

 たしかに貼られている写真は昨日見たものと全て同じ構図をしている。

 だけど。


 それらが全て、私の頭に代わっていたから。

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