じゃあ死ね

 まだ肌寒さが残る三月の半ば。春の始まり。

 当時中学生だった私は、祖母と桜を見るため隣町の公園へ向かって歩いていた。

 祖母は入院先の病院から一時帰宅している状態で、隣町までは徒歩30分もかかる。

 当然、極力運動をしないに越したことはなく、バスでの移動を強く奨めたが「なっちゃんと歩けるのもきっとこれが最後だから」という祖母自身の強い要望に押され、様子を見つつゆっくり進んでいくことにした。

 おかげで到着する頃には一時間半近く経過していたが、その分沢山話が出来て嬉しかった。

 到着時間が遅れたことで夕焼けが射しており、それに煌めく桜が映えて強く印象に残る。ここまでは本当に、いい思い出が出来たと思っていた。


 異変が起きたのは帰り道。

 かなり疲弊しているように見える祖母の歩く距離を少しでも減らそうと、近道をするために入った路地裏。

 祖母の呼吸が突然大きく荒くなり、心臓を押さえてその場に倒れてしまう。


「おばあちゃん! 大丈夫!?」


 返事は返ってこないが、小さく何度も頷いているのが見てとれた。

 おそらく声も出せないほど辛いのに、心配をかけまいと気を遣ってくれているのだろう。転倒した際にぶつけたのか、額から頬にかけて血が流れている。

 不整脈が出た時用の薬をなんとか飲ませたが、一向に症状は落ち着かない。

 このままでは、きっと危ない。

 辺りに助けを求めたくても人通りのない路地裏には誰も見当たらなかったので、私はスマホを取り出し救急車を手配した。

 と、その際。

 場所を伝えて通話を切った瞬間。

 降ろしかけていた右手がポケットへ入るより先に、なにかが私の手首を掴んだ。

 びっくりして隣を確認すると、そこにはにこにこと笑う、黒い着物のような服を着た5歳くらいに見える女の子が立っていた。


「ねぇ、遊んでよ」


 そして目が合うなりこう言ったのだが、もちろん遊んでいる暇などない。

 救急車が到着するまで私が祖母を看ていなければ。


「ごめんね、今は遊べない」


 はっきりそう答えたのだが、女の子は私の手を一向に離さない。


「ねぇ、遊ぼう」


「だから、無理だよ。お母さんお父さんかお友達に遊んでもらいな」


「遊ぼう」


 それでも握る力は緩まない。

 さすがに、しつこい。

 しかも状況が状況だ。

 いくら幼い子供とはいえ、祖母が苦しんでいるのが見て分からないわけでもあるまい。

 祖母への募る心配が女の子に対する苛立ちへと変わっていき、ついに声を荒げてしまった。


「もう、しつこい! 遊べないって言ってるでしょ!」


 そのまま無理矢理腕を振り払おうとしたところで、女の子はようやく私を解放した。

 私は直ぐに祖母の元へ駆け寄り意識の有無や病状を確認したが、幸いにもこちらの言葉はしっかりと理解出来ているようで、あれから悪化しているような様子はみられなかった。

 これなら病院へ着けば大丈夫そうだ。

 少し安心して、キツく言い過ぎてしまったかもしれないと女の子の方へ向き直る。

 そして思わず、目を見開いた。

 先程までの人懐っこくおだやかな笑顔は、微塵も影を残していなかった。

 そこにあるのは、およそこんな子供に可能なのかと思うほど険しく、怨恨を孕んでいるのが一目で分かるまさに鬼のような形相。


「ひっ!」


 意思に関係なく、反射的に声が漏れた。

 それに応える様に女の子が一言。


「じゃあ死ね」


 たしかに、そう呟いた。

 直後。

 祖母の意識は途切れ、そこから二度と目を覚ますことはなかった。

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