スケートリンク・ゴースト
その池が昔から心霊スポットと呼ばれている事は知っていた。
腕が伸びてきて引き摺り込む、死体が泳いでいる、真っ赤に染まりあの世とこの世を繋ぐ、等の噂が絶えなかったからだ。
「綾乃もこっちに来なよ。心配いらない、かなり分厚く張ってるから」
そう言いながら手招きする沙織は、足元を右手に持つスマホのライトで照らす。
そこに拡がるのは氷の道。
普段水面であるはずのそこは、厳しい寒さで凍りついて強固な足場となっている。
「抜ける不安とかじゃないの。何回も言っているけどここは出るって有名な場所だから」
「あはは! あんた本当に怖がりだね。大丈夫だって、幽霊もまさか氷を突き破って出てくるなんてことないだろうし、もし本当にそんなことがあればネタとして美味し過ぎるし」
たしかに聞いたことがある噂のほとんどは水があってこそ成り立つものばかりだが、沙織の言う通り私は極度の怖がりなのであんな風に笑い飛ばすことは出来ない。
ではなぜ深夜2時という時間にこの場所へ赴いたのかと聞かれれば、それはお金のため以外の何物でもない。
動画配信者として生計を立てている沙織。たまにアルバイト感覚で撮影や編集を手伝っていて、収益の一部を報酬として貰う。
今回は飲んでいる時に私の地元にある心霊スポットの話をしたところ、まんまとここが撮影場所に選ばれた。
いくら撮影とはいえ、私は怖い思いをすることはどうしても避けたかった。けれど、心霊スポットへ行ってみた系の動画はバズりやすいという沙織の話にまんまと乗せられた格好だ。
「適当に撮影して、それっぽい光とか足しておけばあとは視聴者が勝手に拡大解釈してくれるでしょ。さ、早く照らして」
私と違って微塵も恐怖を感じていないように見える沙織は、やはり逞しいなと思わせる提案をした。
私も早くここを離れたい思いで、持ってきていた照明器具を点灯させる。
瞬間、自分ですらなんと言っているのか分からない叫び声が出た。
「え、なに!? どうしたの!?」
取り乱して大声をあげる私を見るなり、急いで周囲を確認する沙織。
しかし彼女の四方には特に異常などなく、少し安心した表情で私の方へ向き直る。
「なるほど、そういうことね。なによ、怖がりのくせに私を脅かそうっていい根性してるじゃない。でも動画のエッセンスにはなるし、撮影者としては頼もしいわ」
――違う。
違うの。
そうじゃない。
「…………下」
腰を抜かして地面にへたり込んだまま動けない私は、やっとの思いでなんとか唇を動かす。
出せた言葉は単語一つ。
しかし、それで充分だった。
沙織は私の言葉に反応して、ゆっくりと地面を向く。
そして数秒も経たぬうちに、今度は沙織の悲鳴が響き渡った。
彼女の足元には、氷を挟んで巨大な頭。
大きく開いた口からは糸を引き、にやにやと不気味な笑みを浮かべるそれは今まさに沙織へかぶりつこうとしていた。
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