ナニカの原木
休日にアパートで昼寝をしていると、呼び鈴に起こされ荷物が届いた。
宛名は同棲している彼女のもの。
結構な重量があり中身がとても気になったが、勝手に開けることは出来ないので帰りを待つ。
夕方、友達とショッピングに出かけていた彼女が帰宅した後、早速荷物が届いていた旨を伝えた。
「やった、届いたんだ!」
大喜びする彼女が梱包を開くと、中からは小さな丸太のようなものが姿を現す。
話を聞くと、どうやらそれは椎茸の原木らしい。
通りでやたらと重かったわけだ。
ベランダでサボテンを育て、テレビ横にある水槽で観賞魚を育て。
生き物を育てる事に好奇心の強い彼女は次の趣味に、椎茸の栽培を選んだようだった。
それから数日の間、霧吹きをかけながら毎日洗面所に置いた原木へ話しかける彼女を微笑ましく見守った。
椎茸なら成長すれば収穫して食べることが出来るし、良い趣味を見つけたなと思ったくらいだ。
しかし、それから1週間、2週間と経ってもそれらしきものが一向に生えてこない。
キノコの成長速度って、結構早くなかったか?
そう疑問に思いネットで椎茸原木について調べてみると、やはり栽培開始から一週間ほどで収穫できるのが普通のよう。
「そのうち生えてくるよ、愛情を持って接しているんだから」
そのまま一ヵ月が経過すると、彼女の言葉通り原木からようやく小さな茸が生え始める。
てっきり駄目になっていると思っていたので、これには驚いた。
しかし、同時に。
彼女の方にも奇妙な変化が現れ始める。
嫌いだったはずの納豆を朝昼晩食べるようになり、冷蔵庫は半分が納豆パックで埋まった。生物で唯一全く関心のなかった昆虫へ異様な好奇心を見せるようになり、空き時間はひたすらスマホで昆虫に関する動画を見るようになった。
そしてそれは茸が成長するにつれて段々とエスカレートしていき、ベランダのサボテンをはさみでバラバラにしたり、水槽の魚を握り潰すなど常軌を逸していく。
仕事か、もしくは自分がストレスを与えてしまっているのかもしれない。
精神科を受診することも含めて、明日話し合ってみようと床に就いた夜。
パキパキ、という奇妙な物音で目が覚めてしまう。
隣を確認すると、一緒に寝ていたはずの彼女の姿が無い。
彼女がなにかしているのか?
音の原因を確認しようと、出どころである洗面所の方へ足を進める。
パキパキに混じり、ぐちゃぐちゃ。
その間も不快な音が耳へ響く。
暗闇の中手探りでスイッチを探し当て、電気を点けた瞬間。
あまりの異様さと恐ろしさに、全身から脂汗がどっと噴き出す。
目が離せない。いや、動かせない。
瞬きすら出来ない。
少し遅れて、叫び声が漏れた。
洗面所に居たのは彼女で間違いない。
しかし、口元からねちょりと液状の糸を引き、その伸びた先である手元。
そこには巨大な蜘蛛の半身が存在しており、ピクピクと痙攣していた。
この光景と聞こえていた音。
そこから、今口に入っているものを想像するのは難しくない。
彼女はこちらを視認すると、目を合わせたままけたけたと笑いながら嬉しそうに咀嚼している。
パニック状態の僕は、なにをどうしていいか分からず、気が付いたら彼女の横にある原木へ手を伸ばしていた。
今でも、その時になぜそうする事が出来たのか分からない。
だが、今なら確実に言える。
その行動は間違いなく最適だった。
なぜなら、原木を床へ落とし、半狂乱で何度も叩いたり蹴ったりしている間。
剥がれ落ちていく茸。
それらにはたしかに、苦悶の表情がくっきりと浮いていたからだ。
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