ととのう
「え、マジで? サウナ行ったことないの?」
発端は同僚である宮本の、その一言だった。
「思いっきり熱をため込んだあと、水風呂で一気に冷やして横になる。そりゃあもう快感だよ、ありゃ一種の麻薬だね」
なんだか身体に悪そうだ。
そんな感想は受け入れられず、仕事が終わった現在、俺は宮本とスーパー銭湯にきていた。
サウナに籠ってまだ1分くらいだと思うが、既に限界が近い。
宮本にその旨を伝えると、指で4という数字を作ってきた。
さすがに40秒だよな? と思っていると、まさかの4分だった。
ふらふらになりながら水風呂へと足を進める。
今度は急激に体温が下がり、もう自分が恒温動物であることを忘れそうになった。
正直言って、帰りたい。
「よし、あとはあそこで横になって空を見上げてしばらく目を瞑るんだ。少しして目を開けたら、そりゃもう別世界だぜ」
なんだ、そのシンガーソングライターが作る歌詞みたいな行動は。
「いいからやってみろって、騙されたと思ってさ」
ほぼ騙される気しかしていないが、ここまでやってそれを試さないのも納得がいかない。
宮本に上手くしてやられた感は否めないが、言われた通り檜のベッドで横になり目を瞑る。
……。
…………。
………………!
しばらくすると本当に身体がふわりと宙に浮くような感覚に襲われ、恍惚感が脳天から足先まで駆け巡った。
――嘘だろう? 本当に? たしかにこれはとんでもなく気持ちがいい。
ただ、目を開けるタイミングを聞きそびれた。
ここまで心地良いと寝てしまいそうだが、目を開けるとこの快感が減ってしまうならまだ浸っていたい。
そんなことを考えていると、急に隣から呻き声のようなものが聞こえた。
『うぅ、う……』
隣って、宮本だよな。
ふざけているだけならいいけど、もしかして本当に体調不良か?
身体に負荷はかけているのだから、あり得なくもない。
俺は宮本の状態を確認するため目を開いたが、直後に猛烈な後悔に襲われた。
よく声を出さなかったと自分を誉めたい。
なるほど。たしかに別世界だ。
霊感が有る人間にとってはな。
目の前には、歯を剥き出しにして唸り声を上げる老婆。
他にも自分と月を挟んで、頭部が胴体にめり込んだ子供や大量の人面がはりついた物体が元気に空を泳いでいる。
たまたまここの銭湯にいるのか、それとも魂が抜けそうなほどの快感を味わっている身体を求めて集まるのか。
二度とやらないと誓った俺にはもう、それは永遠に分からない。
そのあと洗面所でドライヤーがひとりでに起動し宮本や周囲は怯えていたが、なにも不思議ではなかった。
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