チョキチョキ

 はい、我が家は自分が生まれた時から両親が自営業で理容室を営んでいます。

 その日ですか?


 えぇ。起きてからずっとお客さんが途絶えないので、忙しいんだなと思いました。

 そういう日は大体兄と2人で遊ぶのですが、兄の姿が見当たらなかったんです。後から聞いたところ、兄は同級生の家へ遊びに行っていたそうです。自分が寝坊しなければ連れて行くつもりだったそうで、今でも早く起きられなかった自分を恨んでいますよ。ははは。


 それで、仕方なく録画番組を見ていました。小学1年生だったので、戦隊ヒーローものですね。当時はラッシュマンでしたか。


 1日前から自宅側のトイレが壊れていまして。催した際に、トイレを利用するため店舗側へと向かいました。

 自宅と店舗は扉1枚で繋がっていて、開けたら直ぐ右側に待合室。向かって左側にトイレがあったんです。その時、待合室に人は居ませんでした。そして左曲がりに奥へ入るとバーバーチェアが並び、うちの店ではその場所で理髪を行う。お客さんに迷惑をかけないため、店舗トイレを使う時は出来るだけ目に入らないよう、静かにと教えられていたので覗き込んだりすることはしませんでした。


 ただ、用を足している間も奥からチョキチョキ、チョキチョキと髪を切る音が聞こえ続けていたので、お客さんが居るという認識はしていました。

 ちなみに普段も髪を切る音はある程度静かなら家の方に居ても聞こえてきていて、自分が起きた時から店が忙しそうだと認識したのは、この音があったからですね。


 部屋に戻ってしばらくしても、このチョキチョキ音は鳴り止みませんでした。憂鬱ですよね。そろそろお腹も空いてきていたし。


 そのあともしばらくの間我慢していたんですが、いい加減空腹に耐えかねて。仕事中の母にパンを食べてもいいか聞きに行くことにしたんですよ。もちろんあまりいい顔をしないのは分かっていましたが、もしご飯を用意してくれてあって、それが食べられなくなっては申し訳ないですからね。


 店舗への扉に手をかけても、相変わらずチョキチョキ音は響いていました。スリッパへ履き替え、店舗の床へ足を降ろそうとした瞬間。ガチャンと音を立て、自宅側の玄関が開いたんです。

 もちろん驚きましたよ。それまでの人生で一番じゃないかってくらい。だって普段、自宅側は両親の目が行き届かないので、必ず施錠する決まりでしたから。

 ただ、その後すぐに記録が更新されるとは夢にも思わなかった。


 玄関から姿を現したのは、土産袋を持った両親だったんです。


 抱きついて、とにかく泣き喚きました。音や気配の正体を探ろうなんて思いませんでしたよ。本能的に、それを理解してしまったらとても危ういだろうと感じていました。

 もちろんその日、店舗は定休日。まだ幼かった自分には曜日の概念が薄かったのです。

 両親に抱えられた時にはもう、チョキチョキ音は鳴り止んでいました。ただし、その日から建物に自分1人だけという状況になると。


 聞こえることがあったんです、何処からかあの音が。

 いや。今も続いているので、聞こえることがあるんです、が正しいか。日々のストレスとそれが重なり、ノイローゼになりかけたことも何度も。いつまで経っても、何回聞いても慣れない。とにかく怖いんです、不気味なんですよ。

 日常生活でも、そんなに長い時間聞いたことってないでしょう? テンポ良く金属が擦れる音。


 ちなみに画面越しでお話させてもらっていますが、実は今も家に1人なんです。運が良いのか、まだあの音は鳴り出していませんけれど。

 もしかしてそっちに聞こえてきてたりして? チョキ、チョキ、って。

 ははは! なんてね。


 ……え?

 本当に聞こえるって?

 あはははははは‼

 貴方、思っていたよりずっとノリが良いじゃないですか。


 ちなみにそれね、


 一生消えないですよ。

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