愛犬の面影

 妻がポストから1枚の封筒を取り出し、私に手渡した。

 差出人はドッグランとペット霊園を営む施設、ジロの丘だ。封を開き中を確認すると、入っていたのは閉園のお知らせだった。

 私は小学3年生の頃から犬を飼っていた。私がギンタと名付けたその犬は、家族同然に長い間同じ時を過ごし、息を引き取ったその日からはしばらく仕事が手に付かないほど悲しみに暮れた。私が24歳の時だったので、約15年。中型犬の雑種としてはかなり長生きした方だろう。

 ギンタを埋葬したジロの丘にはしばらく毎日のように通い詰め、それが徐々に週1回。1年が経過する頃には月に1回、最近では年に1、2回の頻度になっていた。

 現在31歳になった私には、今年家族が出来た。妻はシングルマザーだったので、優里という3歳の娘も共に家族になってくれた。

 閉園は今月末で、そうなればもうギンタには会えなくなってしまうという。私は2人に最後の墓参りへついて来てもらい、ギンタに家族を見せようと考えた。


 大好きだった甘栗を供え、ギンタの墓前で手を合わせる。私はこっちで家族を幸せにするから、ギンタもあっちでいつまでも幸せにな、と想いを伝えた。

 だが、埋葬してしばらく通い詰めていた当時のような涙はもう出ない。それは私がギンタの死を現実だと認識して、どこかで折り合いをつけたからなのだろう。

 本当に大好きで堪らなかったギンタ。人はこうやって辛い感情を風化させてゆき、ある種それが成長するということなのだろうか。

 目を開けると妻と優里が待っており、妻が私を手招きする。

 最後に墓を振り返り、ギンタに別れを告げた。すると、娘の優里が墓に向かって手を振った。

 優里はまだ分別がつく歳ではないと思ったので、私が飼っていた犬の墓であることは伝えていない。むしろ墓参りという概念すら理解しているのかどうかというくらいだ。ドッグランは先駆けて数日前に閉鎖しており、今園内に犬は1匹も見当たらない。

 それでも、優里はたしかにこう言った。


「わんわん、ばいばい!」


 その言葉を聞いた瞬間。

 7年。いや、22年分の涙が溢れて止まらなくなった。

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