第4話

「どうしたんだよ、ユリエル。短い間に俺のことなんか忘れちまったのか?」


 勇悟の声だ。

 でもきっとあれは違う。


「霊槍使いのユーゴ様……。お姿は初めて見ました」


 コノが感動に震える声で言う。

 ユーゴとやらは私が知っている勇悟よりも背が高く、いくらか筋肉質なようだった。

 手に槍を持ち、私と同じような服を着ているが顔は見慣れた勇悟の顔だ。

 いや少し整っているかな?

 どういうことだろう?

 私は思った。

 私のいた世界とこの世界はどこかで符合しているのだろうか。

 それを確かめるすべは、いまはない。

 とにかく王都を目指さないと。


「出発するのか。俺もついていくぜ」

「あなたも王都に用事が?」


 驚いたようにユーゴは口を開けて、それから言った。


「おいおい、それはなんかの冗談か。数々の戦場を渡り歩いてきた仲間だろ、俺たちは。聖騎士様が行くところならどこでもござれよ」


 つまり、この時代で私とユーゴは戦友だったということだろうか。


「ありがとう。心強いです。それでは……」

「待ってください」


 背後から声がした。

 コノだ。


「あなたは……、ユーゴ様ではありませんね」


 ユーゴが眉を歪める。


「おいおい、なにを言っているんだこの坊主」

「魔力の流れがおかしいです。土地の精霊があなたに味方していない。ただ濁った魔力の凝りがあるだけです」


 きっぱりとコノは言う。

 ユーゴはため息をついた。 


「なにを言っているかサッパリだが……」


 瞬間、ユーゴは動いた。


「……まあバレちゃ仕方ねェよなー!」


 槍をコノに向かって投げた。



「危ない!」


 私は思わず体が動いて、コノの前に立ち塞がっていた。

 槍を剣の鞘で弾き返す。

 なぜそんなことができるのか自分でもわからないけど。

 槍は自動的に持ち主の手の中へ戻っていった。


「あらゆる魔力をはね返す聖剣か。やるねェ」


 凶暴に顔を歪めてユーゴの偽物は言う。


「ますます欲しくなった」

「コノ。やつの狙いは私のようです。さがって」


 怖かった。

 だけど、戦える気がした。

 どこからその意志が湧いてくるのかはわからないけど。

 コノを守りたい。

 それだけで十分だ。


「いえ。……僕はさがりません」

「コノ」


 コノは早口で言う。


「僕もユリエル様を助けたいです。少しだけユリエル様、持ちこたえてください。僕が呼びます」


 呼ぶってなにを、と言う前にユーゴが飛びかかってきた。

 槍による練撃を私は剣の鞘で受け流す。

 動ける。

 スピードについていけている。

 剣を握ったのなんて剣道のときくらいなのに。


「せいぜい俺を楽しませてくれよ、聖騎士様ァ!」


 それでも私は徐々におされつつあった。

 やっぱり鞘だけじゃだめだ。

 剣を、抜かないと。

 抜こうとしてみたがやはり抜けない。

 私は歯ぎしりした。

 なんで抜けないんだこの剣は!

 コノは、背後で早口でなにかを唱えていた。

 映画やアニメなんかで聞くなにかの呪文のようだった。

 その時だった。

 黒いなにかが私の背後で膨れ上がった。

 うまく言葉にできないけど、それはなにかオーラのような。


「ッ!このガキッ!」


 なぜかユーゴが焦っている。

 追撃が強まるが私は絶対に逃さまいとした。


「来てください」


 コノが叫ぶ。


「アリス・クローディウス!」

 黒い力が爆発した。



 気づくと目の前に黒いフードをかぶった人影が立っていた。


「あなたは……」

「よい状況のときに呼んでくれましたね」


 振り返るその顔は。


「高遠或?」


 私は目を見開いた。

 赤い瞳だが間違いない。

 この顔は高遠或だ。

 私がもとの世界で同級生だった。

 耳元に口を寄せる。


「……今はアリスです」


 シャラリとアリスがつけている耳飾りが鳴った。

 そっとアリスが私の剣を握る手に自分の手を添える。


「剣を抜いて闘ってください、ユリエル」

「でもこの剣は抜けなくて……!」


 私の口にアリスは人差し指をつけた。


「理屈じゃない。あなたには抜けるはずです。体がそれを覚えている。剣を、握って」


 私は口をつぐんだ。

 深呼吸をして剣を握る。

 私は闘う。

 私自身のため。

 剣が輝き出した。


「まさか……!」


 ユーゴの偽物が目を見開く。


「魔物!」


 光り輝く剣が解き放たれる。


「お前を斬る!」


 光の剣撃が空間を貫いた。

 魔物が絶叫する。

 そしてなにも聞こえなくなった。

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