第3話
「それにしてもどうしてあんな所で倒れられていたので?」
ぐっと言葉につまる。
それは私も聞きたい。
聞ける人がいないけど。
「お供のかたもいないようでしたし……」
「お供?」
「アリス様はご一緒ではなかったのですか?」
アリス。
なぜかその名前を聞いた途端胸の中がカッと熱くなるような気がした。
名前も知らない誰かなのに。
ずっとその名前を知っていたような変な感じ。
自分でも説明できない。
「魔物の討伐戦に向かったと聞いていたのですが……。ああ、そうなんですね」
パチンとコノは手を叩いた。
「もしや敵の錯乱術がなにかで惑わされたので?さっきから様子がおかしいので具合が悪いのかと思いましたが」
「そうですね……。私どこかおかしいみたいです」
膝に頭を埋める。
思えば口調もどこかおかしい。
私ってこんな感じに話してたっけ?
少し前まで自分の家に、日常にいたはずなのに。
今はこの目の前の世界と記憶の世界の境目さえあいまいだ。
「アリス様はとても高名な魔術師だと聞いています。アリス様であればユリエル様を回復していただけると思います」
チラッとコノは私を見た。
「行き先の心当たりはないのですよね?」
コクンと私はうなずく。
なんだかとっても心細い気分だった。
「困りましたね……」
コノが自分のことのように思い悩んでくれていることが声から伝わってくる。
「……私少し頭を冷やしてきます」
そう言って立ち上がると布の扉をめくった。
「あっ、ユリエル様」
「ごめん、コノ。すぐに戻りますから」
そう言って外に出た。
外はずいぶん暗いがほのかに明るい光が木々の間からさしている。
「月……」
この世界にも月があるんだ、と思った。
膝を抱えて座りこむ。
「聖騎士様、か。私がね」
剣と石は忘れずに持ってきていた。
「それにしてもこの石すごく綺麗……」
月明かりにかざす。
そのとき、石が赤く輝いた。
「えっ。なに……」
そして、声が聞こえてくる。
小さな声。
それが少しずつノイズがあうように音となって聞こえてくる。
「ユリエル」
少年の声が聞こえた。
声の調子は低いようで、年若いようだった。
「ユリエル。そこにいるんだな」
私はその声を知っていた。
「アリス」
私は自分でも意識せずにその名前をつぶやいていた。
「よかった。無事についたんだな」
心底安心したような声。
私はその声に少し切なくなってしまった。
知らない存在のはずなのに。
なぜだかずっと隣にいたようなそんな気がする。
声は石から響いているようだった。
「いいか、時間がない。手短に説明する。できるだけ早くそこを離れるんだ」
離れる?
「離れるっていったって……。どこに行けばいいの」
「王都を目指してくれ。私の代わりが行く道を示す」
途端、石の光が一直線に伸びた。
石が行き先を照らしているのだ。
私は叫んだ。
「アリス!あなたはどこにいるの?」
「いつも、君のそばに」
小さな含み笑いの残滓とともに声がかき消える。
「なんだよ、それ……」
私はうつむいた。
私は布の家に戻った。
「ユリエル様」
「コノ。私はここを離れる」
そう言って身支度をした。
身支度といってもほぼ身一つだ。
手に握った石を見つめる。
どこかに仕舞って身につけられるといいんだけど。
「お待ちください」
コノはあたふたとあたりを見回した。
「これを」
腰紐がついている布の袋。
ポシェットみたいだ、と私は思った。
「それを腰につけて荷物などを持ち歩くと便利です」
「コノ……」
私はポシェットを身につける。
「心から礼を言います」
「もったいないお言葉ですが素直に受け取っておきます」
コノが微笑んだのがわかった。
「このあたりは物騒です。夜が明けてからのほうがいいのでは?」
コノが首を傾げるが、私の心は決まっていた。
「僕が申し上げるまでもないようですね。ですがどうかお気をつけて」
テントの出入り口までコノは歩いていく。
「どうかお見送りさせてください」
私は外に出ると振り返ってコノに言った。
「お世話になりました」
「はい。……ユリエル様、どうかお気をつけて。このあたりは魔獣の巣窟です。ご油断なきよう」
その時、森の中から声がした。
「おっ。ユリエルじゃねえか。お前無事なのか!」
だれ?
私は身構える。
「俺だよ、俺」
森の中から出てきた姿に私は完全に固まった。
「勇悟?」
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