第2話

 遠くから声が聞こえる。

 それはまるで波の音のようで。

 眠気をさそわれるというか。

 心地いい。



「……起きてください」


 声が近づいた。

 え?なんて言ってる?


「起きて!」


 私はガバッと起き上がった。 


「え、え、ここどこ?」


 あたり中に背の高い木が立っている。

 どうやらここは森の中のようで。

 私は地面に寝転んでいたらしい。


「大丈夫ですか。ああ、死んでいたらどうしようかと思いましたよ」


 布をかぶった人?が言った。顔が見えない。

 何気に物騒なことを言う。

 というか本当にここどこ。

 私、さっきまで確か家の蔵に……。

 それでいきなり森って。

 こんな所家の周りでも見たことがない。

 むしろ、日本より外国みたい。


「あの、ここどこですか……?」


 なんか自分の声がハスキーな気がした。

 喉もカラカラだ。


「ここは辺境の裾野ですけど……」

「えっと町の名前は?」

「町じゃないので名前はありません」


 なぜか言葉は通じているのに話は通じてない感じがあった。

 視界が悪い、と思ったら私はフードをかぶっているようだった。

 触ってみて気づく。

 服も変わっている?!

 私は驚きの連続だったが、そのことに再度驚く。

 ザラザラした生地で薄汚れた灰色のズボンと長袖の服、マントのような布をさらに被っている。

 まわりをよく見ようとフードを下ろすと、相手は私の顔を見て慌てた。

 あわあわと音がしそうな勢いで手を上げ下げしている。


「あなたは……うわ、うわ」


 そして私のフードを一気に下ろした。


「そのままかぶっていてください!」


 ぶっとむせる。

 ケホケホと咳をしながら私は思った。

 な、なんなんだ……。

 ギュルル……、とその時下手な楽器のような音が鳴った。

 布をかぶった人が飛び上がり、あたりを見渡す。


「どうしたんです?」

「いえ、今音が……。気をつけて。このあたりには魔獣が出ます」


 マジュウ?

 いやそれより。


「お」

「お?

「……お腹減った」


 私はパタリと横に倒れた。



 しっかりしてくださいー!との声とともに布の人は私を引きずっていった。

 連れていかれた先は布でできたでかいテントのような家?だった。

 すすめられるままにスープを飲む。


「あったか……」


 身体にしみる……。

 なぜだかとても疲れていることに気づく。

 スープは変わった味だがとてもおいしい。


「あの……ありがとうございます」

「いえいえそんな……、もったいないお言葉でございます!」


 あのえっと。

 やっぱり混乱する。


「さっきからその対応なんですか?もしかして私のことを知っているんですか?」

「ええ、おそれながら」


 それはもう、という感じに布の人はつぶやく。


「聖騎士のユリエル様。よくぞご無事で」


 はい?

 聖騎士?

 私は首を傾げた。


「ユリエル?私は悠里です」

「ユーリ?ユリエル様の愛称ですか?」


 ううん、会話がかみ合わない。


「その銀髪碧眼、凛々しいお顔立ち。風の噂に聞いていた通りでございます」


 私はハッとする慌ててフードを下ろすと長い髪がこぼれ落ちる。

 その色はいつもの黒髪ではなく、いつの間にか輝くような銀色だった。


「なんだこれ……」


 慌てて水を入れてもらった器で自分の姿を見る。

 知らない顔がそこにあった。

 もともとの私の顔とそんなに変わらないパーツ。

 でも明らかに違うところがいくつかある。

 私は黒髪黒目の典型的日本人だったが、いつの間にか銀髪、目は空のような青色に変わっている。

 顔もどこか引き締まって中性的というか……。

 たしかに凛々しいという表現が似合う顔である。


「いつの間に……ていうかこれってどういう」


 寝ている間にコスプレ?

 いやいやまさか。


「ユリエル様、これを」


 布の人はなにかを手に捧げ持ってきた。

 いい加減布の人というのも失礼かもしれない。


「あなたの名前は?」

「僕はコノです」


 僕というからには男の人らしい。

 声は幼い感じがするから男というよりは男の子だろうか。

 その手には黒い卵のようなものと鞘に収まった剣があった。


「これは?」

「ユリエル様が倒れていたときに抱えていたものです。あずかっていました」


 とりあえず受け取る。

 黒い卵のように見えたそれは石のようだった。

 石というより宝石?

 つるつるしていて輝いている。

 真っ黒なそれは透明度が低く、すかして向こう側を見たりすることはできない。

 それでもとても綺麗だ。

 鞘に収めた剣は見た目に反して軽かった。

 剣を受け取ることに戸惑いがあったけれど、手に取ると不思議な安定感があった。

 柄に手をかける。


「ねえ。抜けないんだけど」

「え?そんなはずは」 


 でも剣を握ったままうんうん言っている私を見てコノは冗談ではないとわかったらしい。

 そっと私の手に触れる。


「なに?」

「ちょっと失礼します」


 ああそういうことですね、とうなずく。

 反対に私は首を傾げる。


「魔力が空になっています。だから剣が抜けないのでしょうね」


 うんうんとコノはうなずく。


「そういうものなの?」

「これは魔力で振るう剣ですから」


 いまいち腑に落ちない私の横でコノが聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。


「……まああながちそれだけとも言えないような」

「えっ、なにか言いました?」

「いえなにも」


 コノは首を横に振った。


「コノ。一つ聞いてもいいですか?」

「はい、なんでしょう」


 コノは静かにうなずく。


「なんで私を助けてくれたの?」


 傍目から見たら倒れている不審者だ。

 それを助ける理由があったのか。

 コノはそれを聞いて思った。

 ああ、そう遠くない昔にも聞いたことのある言葉だと。

『なぜ、私を助けた?』

 コノは布の下でそっと微笑む。

 少し沈黙をはさんで私にこう言った。


「あなた様こそがこの世界を照らす光だからです」

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