第17話 親父、仕事で忙しいはずなのに何の用事だろう……。

「ふう。とりあえず午前の部は終わりだな」


 昼食時間、無事に午前中のテストを終え、学生食堂で一人ボッチ飯を堪能してると、一匹の野獣、賢司けんじが目を光らせながらこっちに近付いてくる。


志貴野しきの、隣空いてるか?」

「空いてるも何もテスト期間中、ここにはほとんど人は来ないよ」

「ほおほお。隣の客は牡蠣かき食う客じゃないんだな」

「いや、学生食堂で牡蠣はないでしょ?」


 高級なイメージがあって、食中毒にも

なりそうなレベルの高い食材をこんな田舎学園で出してくる方が奇跡だよ。

 未知のミルクだけに……。


「それよりも、テストの結果はどうだったんだ?」

「中の上くらいかな」


 カキフライ定食じゃなく、大盛りチャーハンを食べてる親友相手に、刺し身の盛り合わせのような冗談でやって退ける僕。


「またまた謙遜しちゃって。美人姉妹から色々と上から下までみっちりと禁断のテクを教わったんだろ」


 どうして前触れもなしに、そのような変なことを喋ってくるのだろう。

 僕には彼が異性を食い散らす宇宙人みたいな異質の存在に見えてくる。


「それ、何のテクニックだよ」

「カンニングペーパーとかさ」

「僕をヤベエ人認定にしないでよ」

「あの姉妹相手に何も手を出さない方がヤバいだろ。お前さん、ちゃんと物はついてるか?」


 物のあるなしにテスト中にそんな紙切れを広げて、もしもバレたら進学にも影響が出るかもよ。

 広げるのはレジャーシートで十分だよ。


「何で女性が苦手だけで男から除外するんだよ」

「いや、俺とは楽しそうに話すし、何だかなと思ってさ」

「勝手に人をオカマちゃん設定にしないでよ。僕だって……」


 男だし、異性に興味が惹かれることもあるよ。

 ただ、その相手が中々見つからないだけだと言いかけて言葉を濁す。


「だって?」

「……いや、何でもないよ」

「おいおい、言いかけて止めるのかよ」


 このイケメンは恋バナ好きだからね。

 少しでも恋する気持ちを打ち明けたら、次の日はクラス中の生徒から名指しにされて、あっという間にSNSで拡散されて僕も立派な有名人に……。

 そう想像しただけでも背筋が凍る。


「あっ、いたいた。志貴野お兄ちゃんー!!」


 広い食堂に元気な女の子の声。

 はて、たまたま同じさん違いかな?

 いや、こっちにまっすぐ歩いてくるよ!?


「えっ、あんな冴えない男に美少女妹?」


「赤毛のショートという髪型にスーパーハツラツとした笑顔が何とも」


「お、オデのお家に住まないか!!」


 男たちの視線は完全にその娘の方を向いてるし、自宅に連れこもうとするメロンパンをかじってる太っちょもいる。

 オデって主語なのか、名詞か、それすらも判別しない。

 ……というかご飯くらい椅子に座って食べてよ。

 テーブルも飾りじゃないんだから……。


「あ、あの、お困ります。ハルはただ忘れ物を届けに来ただけで……」


「忘れ物はオデのハートだろう。恋泥棒!!」


「ちょ、ちょっと……」


 あの娘は春子はるここと、ハルだったのか。

 プライベートで見慣れているから、中学の学生服を着てると別人に見える。

 コスプレじゃなくて現役の中学生だけど……。


「ハイハイ、野次馬は散った散った!! ハルは樹節きせつくんに用があって来てるんだからね!!」


「ええー、同じ名前違いだろ。あのリアル女子に興味がない陰キャ二次元オタク目的で!?」


 たまたま食堂にいた秋星あきほのフォローにより、しつこい男たちから救われるハル。


「まあ、色々あるが頑張れよ」


「陰ながら幸せを応援してるからな」


「は、はあ……」


 男たちは突然穏やかな顔になり、僕の座ってるテーブルに栄養ドリンクやエナドリ、サプリメントの瓶などを置いて去っていく。 

 あのさ、お供え物を貰うとか全然そんな卑しい気もないし、そのような関係も持ってないから。


「お兄ちゃん、テストどうだった?」

「うーん、この手応えだと学内10位の結果かな」

「へえー、それなら勉強を教わったお姉ちゃんたちも安心だね」


 ハルがとびっきりの笑顔で笑いかける。

 そんな悪意のない瞳にグラっと揺れる僕の良心。


「教わったって、やっぱり」


「そうか、ついにアイツも真の男になったか。うるうる」


「ちょっと周りうるさいよ!!」


 男たちのたくましい妄想を批判する秋星。

 だからそんなんじゃないから。


「はははっ、怒った三重咲みえさきさんも可愛いな」


「あれ、そういえばさ、あのハルって子とどことなく顔つきが似てね」


 似てるそっくり何たらで周りがザワザワと騒がしくなってくる。

 リアルに炎上というものか。


「何、勝手なこと言ってるのよ」


「ひっ、三重咲の次女じゃないか!?」


「君たちさあ、バカは一回シメないといけないという三重咲家のしきたり知ってる?」


「わっ、すいませんでしたー!!」


 エビフライ定食をトレーで運ぶ美冬がツンツンした表情で男たちを睨むと、尻尾を巻いて逃げ出してしまう。

 まさに子供の喧嘩を止めに来た親のようだね。


「ふう。これで邪魔者はいなくなったわね」

「ありがとう。美冬」

「なーに。これで今朝の喧嘩の件はチャラよ。アタシにとっても歪み合いの姉妹なんて嫌なんだから」

「うん!!」


 あの見た目が強情な美冬が秋星に謝ってきた。

 姉妹だからなせる技なのかな。

 でも、嫌いだと思ってた僕のことも受け入れつつあるし、意外と美冬も大人な一面があるのかもね。


「それからハル、いつまでお父様を車で待たせてるのよ? お父様も忙しい身なんだし、要件が済んだらとっとと戻りなさい」

「はい、すみません。美冬お姉ちゃん」


 そうか、ハルは親父の車に乗ってきたのか。

 忘れ物を持ってきた時点で謎めいていた部分が一気に溶けた気がした。


「それからアンタにも用があって来たのよ」

「えっ? 親父が僕に?」

「そうよ。夏希なつきもすでに下りて待ってるわ。お父様が直々にアタシたちを含めたアンタも呼んでるんだから」

「はあ。面倒だなあ……」


 一体、電話もLI○Eも無しに俺と姉妹を勢揃いさせて、どんな話をする気なんだ。


 親父、仕事で忙しいはずなのに何の用事だろう……。

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