第18話 誰か救急車じゃなくて、日本語が上手な通訳者を呼んでくれ
◇◆◇◆
「──先生、シキちゃんは?」
「ええ。何とか一命は取りとめまし
た……」
手術中の赤いランプが消え、手術室から出てきた白衣の男の医師を前にし、クッションの効いた座席で気落ちしていた一人の女の子が立ち上がる。
「君は? 彼の妹さん?」
「いえ、シキちゃんの恋人のアキです」
アキは切羽詰まった顔つきだったが、極めて冷静な言葉遣いだった。
「そうですか。アキさん、そのまま黙ったまま、私の話を聞いて下さい」
「……はい」
手術を繰り返してきた戦慣れとというものか、幾度の命を預かってきた場慣れというものか、淡々とした医師の言うことにアキは静かに耳を傾ける。
「彼は頭を強く打った衝撃で、記憶に支障が出てまして。それらの回復については絶望的かと」
「あなたのことは九歳の頃に出会ったと記憶の混濁も混じっていて……。
これは
「はい。何で……どうしてシキちゃん……」
華やかな高校生活を送っていたアキの人生はシキという
彼女は声を殺しながら、優しく接してきた医師の胸の中で泣いた。
その涙が枯れ果てるまで、ずっと──。
****
「──久しぶりだな。
「親父もね」
一台の見慣れない派手な赤い外車が停まった駐車スペース。
立派な車とは正反対で、白髪混じりの長い髪を後ろ手で縛り、細い顎にヒゲを伸ばしたみすぼらしい外見の親父。
それプラス、赤を基調としたアロハTシャツに青いジーンズの短パンというダサいファッション。
こんな身だしなみも服装も変だということにも気付かない親父が愛想を尽かされた母さんと別れたことにも納得だが、その他の理由として、お盆もお正月も仕事が忙しいの一点張りで、日本に帰省すらもしないというコミュ力の低さも含まれていたのだろうか……。
こうして親父と会って話すのも何年ぶりだろう……。
「
「まあね。初めは戸惑っていたけど、大分慣れたよ」
親父は似合いもしない丸いレンズのグラサンをかけ直しながらも、真っ向から色気の質問をするからして、大の女好きだということは十分に理解できる。
「それでどの娘が好みなんだ?」
「はあ?」
「安心しろ。父さんオススメの結婚式場を紹介するからさ。アフターケアまで万全だ」
「あのさ、僕はあの姉妹に恋愛感情すらないんだけど?」
結婚して安泰な気分にもなれなく、女性と接することも苦手な僕に色恋の浮いた話などあるはずがない。
モテ期だった頃の小学生とは違うんだよ?
「普通、異性に興味のない男がネズミが出たくらいで女の子が入ってる風呂場に駆けつけるかい?」
「なっ……」
あの事件はあの四姉妹と僕しか知らない出来事だったよね。
姉妹の中に内通者がいるのかな。
いや、女の子って大人しいように見えても、裏ではお喋りなタイプが多いからね。
この話は秘密とか言いながらも色々な相手に口喋っていくし、そんなトークで生きてるような感じだし。
喋られずにはいられないという性分か。
女の子って分かんね。
「……こほん。それでは話を戻そうか」
「まずは三重咲姉妹の期末テストの結果についてだが、ここでその約束事は破棄しようと思っている」
「えっ、何でだよ?」
僕は突然の発言に驚きの声を上げる。
あのプライドの高い親父が頑固論を否定したんだ。
一緒に住みだした新しい母さんの影響かな。
男は生活を共にしたパートナーに丸め込まれ、似たような性格になるらしいから。
「うむ。シキノンとは違い、ハキハキしていいお父さんだねー」
「うーん、ちょっと紛らわしいから、
「分かった。
秋星に厳重注意されたのに、反省の色もない様子の夏希。
それどころか、元気よくアスファルトの上を飛び跳ねながらも、『昇竜アッポゥー!』と
その飛翔技でカラスは当てれそうかな。
当てるとか、完全にガチャの思考だけどね。
「それで油性マジックを持って、今度は何を?」
「うんとね、これでお口をチャックしようと思ってね」
「マジシャンじゃあるまいし、黒マジックなんかで閉じれたら苦労はしないよ」
「そうだよね。シキノン、中々頭イイね」
「イイね以前の問題でしょ」
たまに天才的なことを言うかと思いきや、日頃はマヌケなことを言って困らせる女子。
それがこのお馬鹿な女子高生、夏希である。
「おーい。今、父さんは大事な話をしてるんだぞ。そこでラブってる場合じゃないだろ」
「ラブというかトラブルだけどねーw」
「いや、呑気にトラブってる場合じゃないけどね」
今日は珍しく英語ネタで攻めてくる夏希。
その膨大なボケ知識を勉強に生かせないのか。
「うむ。これは痛快。シキノンに一本取られましたな」
「だったらその油性マジックをしまってくれよ」
「いや、勝手なことは出来ない。迂闊に転売を行うと著作権の侵害なのであーる」
「……本当、無駄な知識が多いよね」
ホント、夏希の豆知識とかいうネット小説を書いたらウケるかも知れないね。
「それよりもお前さんたち、人前でいちゃつくな。恋人がいない人に対しての当てつけだぞ」
「ああ。問題ないよ。シキノンとならもうやったから」
「なっ? 夏希君、何を!?」
この駐車場に来てから、夏希との絡みが多いけど、単なる偶然だからね。
「そうだなー。体と身体を密着し合ってね」
「激しくてお互いに息も絶え絶えだったなーw」
「ふむふむ。まさかな行動派娘とカップリングか。これは興味深い……」
親父が夏希のホラ話に誘われて、ポケットからスマホを出して、とあるボタンを押してグイと迫る。
「夏希君、そのことに関してもっと詳しく説明してくれないか?」
さては録音ボタンでも押したのかな?
今日の親父は三分で出来るカップラーメンよりも積極的だった。
「あのね、夏希も入らぬ誤解を親父に吹き込まないでよ!!」
「それはこの前みんなで遊んだ、ツイスターゲームのことだよね!?」
何とか弁解する僕に無反応な夏希。
ああ、あれか、都合のいい時だけ反応する野生児のようだな。
「そうなのか。意外にもワンパク娘と進展ありと……」
「親父も真に受けないでよ!!」
……と言うか、さっきから何で他の姉妹は訂正してくれないの。
至らぬ誤解に発展するでしょ!?
「まあ、テストで赤点回避をしないと父さんの元を離れられないのも、勉強を通じて姉妹と仲良くなってもらいたかったのだが……」
「へっ?」
「そんな気遣いは無用だったな」
……となると、全ては親父のワガママに振り回されてたと言うわけだね。
あんはあんこでも悪巧みなハワイアン親父め。
「お父さん、そのことなのですが……」
「ハルはこんなお兄ちゃんが大好きで結婚を前提にお付き合いをと……」
「なっ、ハル、何言ってるんだよ!?」
「いつまでも夏希に好き勝手言われるのもどうかと思って……」
えっ、ハルが僕に好意があることは知らなかったな。
そんな彼女も負けじとスキスキアピールをしてきたよ。
中学生なのに人生設計もしっかりしてるし……。
でも、もし僕が女の子の立場だったら、こんな陰キャダークホースな僕なんかとは付き合いたくないなあ。
イケメンでもないし、特別に秀でた才能もないし、どこに好きな要素があるんだろう?
「ハルが嫉妬しても、夏希は三度の恋より旨い飯優先だからね」
「私も同感です。志貴野くんにはもっと気品に溢れた女の子とのお付き合いをですね」
「秋星、それってあなた自身のことかしら?」
「なっ? 何でもないってばー!?」
何が気に障ったのか不明だけど、秋星が両手を前に突き出して、乱入してきた
「志貴野、恋愛に縁がなかったお前も、いい女たちをもったじゃないか」
「親父、だから違うって」
「だがな、優柔不断は嫌われるぞ。男は浮気などはせず、どれか一人に絞り、真剣な愛を育まないとな」
「あのさ、我が息子の話、ちゃんと聞いてる?」
毎度のことだけど、僕の親父は言葉が通じないみたいだね。
誰か救急車じゃなくて、日本語が上手な通訳者を呼んでくれ。
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