第16話 どうやらテストの神とやらは、僕を見捨ててなかったようだ

◇◆◇◆


『プッ、ププッー!!』


 耳障りなクラクションを鳴らし、大型トラックが女の子と胸で怯える子猫に迫りくる。


「アキちゃん、危ないっ!!」


 僕は車道に飛び出し、道路で腰を抜かしたアキちゃんを思いっきり突き飛ばす。

 アキちゃんは軽々しく路肩の方に飛ばされて、街路樹にある草の生い茂った地面に倒れ込んだ。


「シキちゃん!?」

「良かったよ。君が無事で」


 そう安堵した瞬間、トラックは僕の体を跳ね飛ばす。

 僕は竜巻で吹き飛んだ枯れ葉のように回転しながら、トラックから数メートル離れた硬い地面へと落ちた。


「シキちゃああーん!!!!」


 ああ、君が無事で良かったよ。

 腕に抱えてる猫も無事みたいだし。


 ああ、体がフワフワするような変な感じだな。

 深手のせいか、神経をやられたのか、不思議と痛みも感じない。


 段々と意識が遠のいていくのが分かる。

 人として生まれ、精一杯頑張って生きてきた九年間。


 そうか、僕の人生はこれまでか。

 アキちゃん、こんな僕を好きになってくれてありがとう。

 例え、天に旅立ったとしても、君との出会いを忘れない──。


****


 ──期末試験一日目、当日。

 その日はどんよりと曇っていて、朝から雨が降っていた。


「このガリ勉根性無し底辺キモオタ、どうして起こしてくれなかったのよ!!」


 壁時計の時刻は朝の八時過ぎ。

 登校時間は八時半まで。


 それ以降は遅刻と認められ、下手をすれば一時限のテストにも影響する。

 かと言って今から全力で走っても、この雨じゃ、間に合わそうにもない。


「いや、僕も夜中まで勉強してて目覚ましの音に気付かなくて」

「本当、最低のクズ。肝心な時も使えないわね!!」


 寝ぼけ眼で寝癖のついた髪を掻きながら思ったことを一つ。

 僕がクズなら同じ寝坊をした美冬たちは神なのかと。


美冬みふゆ、そんな痴話喧嘩してる暇があるなら、早く着替えようよ。雨も降ってるから早めに出ないと」

「誰がこんなのと好きで喧嘩しないといけないのよ。秋星あきほの目は腐ってんのかしら?」

「お生憎様あいにくさま。私の視力は2.0だから」


 秋星が目の良さを武器に美冬と真っ向から立ち向かう。

 うわっ、美冬はプライドの固まりだから、あまり神経を逆撫でしたら駄目だってば!?


「何よ、アンタ、長女だからって偉そうにアタシに喧嘩売ってんの!」

「うん、いくら兄妹の関係だと言っても、ちょっと志貴野しきのくんに対して発言が酷くないかなって」

「酷いも何も原因を作ったのはコイツよ!」

「何でもかんでも人のせいにするのは良くないと思うなあ」

「ははーん。やっぱ女だけに男が恋しいんだ。この盛りのついたギツネがー!!」


 二人の姉妹が口喧嘩でもめる中、春子が困ったように二人の支度も整える。

 その手際の良さからして、もう慣れっこなの?


「ねえねえ、姉妹なんだから仲良くしようよ」

「「誰のせいでこうなってんのよ!!」」

「はい、ごめんなちゃい……」


 まさに僕の意見に天変地異を左右して怒れる女神と堕天使。

 ハルが二人の喧嘩に口を挟まないのも分かったような気がした。


「お姉ちゃん、早く出ないと本当に間に合わないよ!!」


 ハルが荷物の準備を終えて、秋星と美冬を呼ぶけど、当の二人は空返事で、すこぶる機嫌が悪いみたい。


「皆の衆、案ずるな。こういう時にこそ切り札があるってものなのさ」


 夏希なつきがハイキックをして、わざわざポーズを決めながら発案するけど、いちいちその格好をする意味はあるわけ?


****


「──すいません。あねさんの姉妹だったとは知らなくて、先ほどはご無礼をいたしました」

「いいんだよ。武士に情けは付き物だ」

「ありがとうございます。姉さんは心が広くて助かりますよ」


 何か、値がべらぼうな黒い高級車だと言うことは理解できたけど、出会って即座に、この怖い黒スーツの運転手に僕らは思いっきり睨まれたんだ。

 この雨模様と一緒でドス黒い何かが蠢いているかのように……。


 夏希と男性の会話から、僕の記憶が確かならば、このグラサンの男性はヤクフトの人らしく、ひょんなことから夏希に助けられて、このようなご縁を繋げてるとか。

 夏希、ヤクフト相手に何をしでかしてるんだよ!?


「所で姉さん、いつも話してくれる姉妹はともかく、隣に座ってる腰抜け野郎は誰です? ひょっとして彼氏ですかい?」

「彼氏っていうか同居人だよ」

「なっ? 姉さんは見ず知らずの男を家に住まわせているのですか!? 身に危険を生じているのでしたら、わたくし自らの手で」


 男が雨の様子を伺いつつも、スーツの裏ポケットから何かを取り出すような手口を見せる。

 無農薬で育てた新鮮なキュウリやナスじゃないことは確かだね。


「うーん、シキノンはちょっと考えが変な時はあるけど悪い人じゃないよ」

「姉さんがそう言うなら」


 同じ犬でも黒光りする狂犬の弾丸で命を取られる所だったんだ。

 ほっ、何とか一命は取り止めたよ。


「それよりも目一杯飛ばしてよ。期末テストが始まっちゃう!!」

「ははっ、おまかせを!!」


「おわっー!?」


 車は急に速度を上げて、急ハンドルで車線を曲がり、路地裏へと走っていく。

『こういう時のために裏道というものがありますので。フワハハハッー!!』とか笑い出すけど、笑い方が悪党面で不気味だし、乗ってる身としてはジョークには聞こえないからね!?


****


「──それでは一時限目の日本史のテストを始めます」


 結構な雨降りにも関わらず、夏希の作戦が功をなして、テストにギリギリセーフで間に合った僕ら。


 だけど、あまりのドタバタぶりで状況の整理が追いつかず、頭の中は混乱していた。

 正直こんなんじゃ、勉強した内容なんて思い出せないよと思った。

 でも、そこに既視感を感じてしまう。


 ……あれ、この問題。

 文章が多少違うだけで勉強した問題集のテキストとほとんど同じ内容だよ。


 どうやらテストの神とやらは、僕を見捨ててなかったようだ。

 次々と空欄を埋めていくペン先が自分の動きじゃないようにスラスラと進む。


 この分だと赤点どころか、学内トップ10の座に上りつめるかも。

 それは冗談キツイかな。


 問題を解きながら、黒板の横にかけられた時計を見てみると十分に空いた時間がとれることも分かる。

 これなら見直しも余裕で出来そうだ。


 こうして日本史のテストは僕に幸運をもたらし、全ての問題を解いた後、勝者の風格でにやけながらも顔を伏せ、指を組んで机にひじをつけていた。


 フフフッ。

 僕を熟れたスイカみたいに甘くみたね。

 四姉妹の驚きの顔と尊敬の眼差しが目の裏に浮かぶよ。

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