第8話 賢司がそうしろって言ったんだよね?

「ねえ、この占い店に寄っていこうよ」


 女の子が一軒の古びた店の前で立ち止まり、うるうるとした涙目で訴えてくる。

 紫の骨組みテントは占いの他に余計な不吉を生み出しそうに見てとれた。


「なに冗談言ってるの。今どき占いなんて非科学的だよ」


 僕は占いを信じない派だ。

 星座占いや血液型占い、誕生月占いなどと色々あるけど、その占いをしているのも人間であり、どうして赤の他人がそんなことが分かるんだ、エスパーなのかと思えてしまう。


 そうやって追求することで心の奥から沸き上がる真意。

 考えるだけでも気分を害してしまう。


「もう、そんなデリカシーの無さだから、いつまでたっても彼女が出来ないんだよ」

「何の。今は君という恋人がいるじゃないか」

「ふふっ。ほんと口だけは達者だよね」


 女の子は僕の手を引いて、強情に占い店に入っていく。

 待て待て、僕にも心の準備というものがあぁぁ──。


****


「──きゃははは‼」

「おい、あんまり走ると転ぶし、危ないよ」

「大丈夫。夏希なつきは日頃から鍛えてるからー‼」

「何の筋肉自慢アピールだよ……」


 僕らは学校の休日を利用し、町中の映画館で夏希が好きなコメディ映画を見終えた後、息抜きも兼ねて、館内で小休止していた。


 だけど、あの赤いジャージを着た夏希が大人しくソフトドリンクを飲むはずもなく、こうして賑やかにフロアの廊下を走っている。

 本人は食後の運動と口喋っていたけど、どう見たって好き勝手に楽しんでるよね。


「きゃははは‼」


『ドカッ‼』


「ぐえっ!?」


 僕の忠告を聞かず、夏希がサングラスをかけた黒スーツの男性と正面衝突し、ぶつかった男性が数メートルほど、思いっきりはね飛ばされた。

 どういう原理か、サングラスは外れなかったが、走る人間ダンプカーとはこのことだね。


「テメエなあ、どこ見て走ってんだよ。イテエじゃないか!」

「鉛玉の一発二発じゃすまねーぞ?」


 男性が黒いサングラスを外して、片目に傷がついた鋭い目つきで睨んでる。


 見た目三十代の角刈りのおじさんに、刃物で傷ついた傷ありといい、いかにも怖そうな人相だ。

 さっきからヤベエ予感しかしない。


「うーん、飴玉ならイチゴ飴が好きかな」

「ああん? テメエ、ふざけるのも大概にしやがれ!!」


 飴玉が気に食わなかったのか、男が長腕を捲り、巣を張った蜘蛛の刺青を見せつける。

 ヤベエ、よりによりぶつかった相手がヤーサンの格下で、たちの悪いチンピラだったなんて。


「テメエのせいで、肋骨を骨折しちまったじゃねーか。どう責任とってくれるんだ?」

「そーなん? 秋星あきほお姉の話だとヒビが入っただけでも、めっちゃ痛いって言ってたよ?」

「ほら、お兄さんさあ!!」


 夏希が目にも止まらぬ速さで移動し、男の背後をとった。


『バシバシ‼』


「何すんだ、テメエ!?」


 それから夏希が男の大きな背中を豪快に叩いてみせる。

 チンピラも突然のスキンシップに動揺してるみたいだよ。


「こうやって挨拶を交わしても平然な顔してるよね。神経抜き取ったのみたいな?」

「ああん? 歯医者じゃねーから当然だろ‼」

「ほら、そこなんだよ。何で折れてるのに平気なのかなーって?」


 確かに折れてたら少しは痛がる……じゃなく、最初からチンピラの演技だってば!


「つべこべ言うなよ。こちとら折れちまってんだ。さっさと慰謝料払えや、コラッ‼」

「いや、コーラは持ち合わせてないから、ラムネでいい?」

「誰が駄菓子が欲しいって言った‼」


 近年の男は駄菓子より、現金の方が好みらしい。

 電子マネーじゃなく、現なまが欲しい所はアナログだけどね。


「おい、兄ちゃん。いい加減にしろや‼」

賢司けんじ?」

「おう。みんなのアイドル、ウルトラ賢司ちゃんよ」


 今日も元気に駆けつけてきた天然パーマーヒーロー見参。

 自称アイドルとか言ってて恥ずかしくないのかな?


「夏希ちゃんが困ってるだろ。その汚れた手を離せ!」

「ああん、別に繋いでは?」

「俺の脳内イメージではすでに繋いじゃってんの‼」

「はあん? 意味わかんね!?」


 男が自身の両手を眺めながら、不思議そうな表情になる。

 大丈夫、おじさんは普通の反応でおかしくはないから。


「こんな危ないヤツが知り合いなんて、絶対おかしな娘だぜ!」

「娘ではない。これからはインドンの修行僧と呼びなさい!」


 夏希、誰が出家しろと言った?


「まあいい。今日の所はこれで勘弁してやろう。だが、次はないと思えよ、頭のおかしな小娘どもがー‼」


 男はサングラスをかけ直し、声を震わせながら定番の捨て台詞を吐いて、そのまま去っていった──。


****


「助かったよ、賢司。ありがとう」

「何々、俺は無益な殺生は好きじゃない」

「そこで何で時代劇設定になってるのさ?」

「暴れん坊招待だからな」

「どんな相手を誘うんだよ……」


 賢司とのいつもの会話が流れる中、キラキラとした目線の親友が僕の両肩に手を添える。


「所でさ、志貴野しきの。お前さん、最近変わったな」

「へっ、何が?」


 この親友は突然何を言い出すんだろう。

 頭の中は四次元なのか?


「別に四次元じゃねーぜ」


 僕の心の声に批判する賢司。

 それじゃあ禁断の五次元なのか……と思い込むと親友は複雑そうに顔をしかめた。


「それよりもさ、あんだけ女性が苦手と叫んでいたお前さんが、こうやって女をとっかえひっかえしてデートしてるから驚いてさ」

「賢司がそうしろって言ったんだよね?」

「いんや、あれは別に強制じゃないさ。俺は同じシェアハウスで仲良く暮らせるよう、ただアドバイスしただけに過ぎないのさ」


 親友の意外な発言に僕の思考がフリーズする……何だって?


「えっ、賢司、それってどういうこと?」

「言葉通りの軽いジョークの意味だが?」

「……はっ、はめやがったなー‼」


 ズバリ、何も知らずに賢司に従い、女たらしという毒牙にかかった僕は、その毒素を治療してもらうためのワンちゃんではなく、ワクチンを探す。


「ねえ、二人して何の話をしてんの? 夏希も交ぜてよー‼」


 そんなことも知らず、呑気に野郎二人の話に加わろうとする夏希。


「夏希ちゃん、こんな話を知ってるか?」

「なに? 怖い話?」

「ああ。この世の恋愛の価値観はネトラレで出来ている」

「ネトラレ? 何それ?」

「今は何も知らないでいい。人は本気で人を好きになって気付くのさ。奪われた時の愛しさと切なきと心弱さを……」

「何それ、とっても美味しいの?」


 ネトラレとは恋人のいる相手を強引に我が者にして自分のものにするというとんでもない行為である。


 くれぐれもよい子は真似しちゃ駄目だよ。

 相手様に恋人や夫婦がいたら、潔くスパッと諦めよう。

 人を好きになるのは自由だけど、その人が大切に築き上げてきた家庭環境を壊したらダメー‼


「あのさ、夏希に変なことを吹き込まないでよ」

「変も何も俺は恋愛指南書に基づいてだな」

「だからそれは入らないよ‼」


 夏希本人には悪気はないんだ。

 その本に書かれてるのは真実なのか、レンタルはできないのかという思いが交差する。


「ねえねえ、楽しそうだね。やっぱり夏希も話に加わっていい?」

「……いや、これ以上話をややこしくしないでよ!!」


 賢司もだけど、夏希にも問題があるよね。

 他人に関心を持つのはいい心がけだけど、プライベートという土俵に勝手に上がって、興味本意で色々と訊いてくるの止めようよ……。

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