第7話 もう少しお手柔らかなお言葉をお願いします

「はあ、はあ……。おっ、お待たせ……」

「えらく早いわね。まだ十五分前なんだけど? それにそんなに息も切らして。なに想像してんのよ、このヘンタイ」

「いや、女の子との約束ごとで遅刻してくるとか男として最低かなって」

「当然よ。アンタが突然二人で出かけようって言い出したんだし」 


 午前九時、雲一つもない晴天。

 少し暑い初夏の日差しが降り注ぎ、近辺で賑やかな営みがする商店街。


 前回の秋星あきほとの失敗談から僕は約束の前の夜は早く床につくことにした。

 そのせいか、目覚めスッキリ、気分快調、体力満タン、おまけで風呂にも浸かり、御祓みそぎの儀式(ただの入浴)もできた。


「後、これはアタシの好意ではなく、ただの付き添いよ。変な勘違いしないでよね、キモオタ」

「こんな可愛いアタシとデートできることに心から感謝することよ」

「……今、デートって?」

「細かいことはいいからさっさと行くわよ。御用達のお店が閉まるじゃない!」


 黄色のシャツワンピースに白いロングスカートの美冬みふゆが、もたれ掛かっていた建物の白い壁から離れ、僕の前に立って歩き出す。


 美冬の考えは毎度ながら不明だけど、今日のヒロインは彼女だ。


 日頃の手料理に感謝を込めて、今日は心行くまで満足させてあげようと表向きには全うの計画でもある。

 表向きには……だけど……。


 ええーい、色々悩んでもしょうがない。

 当たって砕けろというじゃないか。

 僕は下らない思考を捨て、足早な彼女の背中を急いで追った。


****


「──さあ、入るわよ」

「えっ、このお店なの?」

「だから早くしてってば。か弱きアタシを餓死させる気なの?」


 おい、デート中なのに飲まず食わずとか、彼氏ケチで最低かよと野次馬のツッコミを耳にするが、こんな強気でツンツンタイプとか好みじゃないし、ましてや恋人でもないし……。 


 周りの批難に耐えきれない僕はやむを得ず、美冬が指示したフランス料理のレストランに入店することに決めた。


****


「いらっしゃいませ、ご注文は何になさいますか?」

「アタシはハンバーグ足してチーズ多めのダブルチーズバーガーとMサイズのコーラを一つ」


「……で、アンタは何にするのよ……って泣いてるの?」


 僕は大泣きしながらハンバーガー店のレジカウンターの前で棒立ちしていた。

 てっきり見栄を張るかとビビっていたら、こう見えて美冬は女神様だった。

 高級店じゃなかった点に心から感謝しきれないよおぉぉぉー!!


「ううっ、良かった。てっきり横のお店に入るのかと……」

「あのねえ、バイトもしてない高校生がそんな大金持ってるわけないじゃん」

「だよね。僕の勝手な偏見だよね」


 高校生は学業優先で親からの小遣いで生活をするというイメージを持ってる僕だが、それ自体も立派な偏見ということに……。


「まあアタシとしては男らしくそっちの店へ誘ってリードして欲しかったけど、冴えない男のアンタじゃねー」

「……くっ、今度転生した時はイケメンの御曹司となって、薔薇ばらの花吹雪を散らしてやる」

「なになに、また例の中二病? マジでウケるんだけどーw」


 イケメンに転生したらまた会おうね。

 おフランスでリッチなレストランよ。


「じゃあ、僕はハンバーガーにアイスコーヒーのLサイズでお願いします」

「はい、分かりました。ご注文をうけたまりました。出来上がったお料理はお持ち帰りにしますか?」


「いえ、この店内で彼と食べますから」

「かしこまりました」


 女性店員が眼鏡を光らせながら、僕と美冬を交互に見比べる。

 店員目線では仲の良い兄妹に見えるのかな……それとも恋人通し? なんてね。


 僕の気持ちをよそに、ハンバーガーをトレーで運ぶサイドテールの銀髪が窓際からの風で横に靡き、石鹸のいい香りが僕の鼻をくすぐった。


「へっ、へっくしょん‼」

「きゃっ!?」


 その髪の刺激で大きなくしゃみをすると、僕の声に驚いた美冬がハンバーガーが載ったトレーを服の方に傾けてしまう。

 案の定、紙コップが嫌な音を立てて倒れ、美冬のおめかしの服がジュースで濡れる。 


「もうこのバカ、何すんのよ! 服がビショビショじゃないー‼」

「こればっかりは仕方ないよ、人間の生理現象だから」


 ヤベエな、今回も生理食塩水とか何人もの僕で脳内井戸端会議を行ってる場合じゃない。

 この非常時に適応するには、アメとムチで言える所の……。


「あーあー、ハンバーグのソースまで服に付いちゃって。このままだと染みになっちゃうわ」

「どうしてくれるのよ、この二等辺オオバカ二次元オタク‼」

「……ごめん。ちょっと待ってて」


 僕は急いで席を外し、近くにあったコンビニのATMに駆け込んで、とりあえず資金を調達する。


 ごめんよ。

 前回に引き続き、お年玉貯金ちょっと使わせて貰うよ。


****


「へえ、まさかアンタが売店で着替えを買ってくるなんて。しかも汚した服はクリーニングとか、神みたいなところもあんじゃん」

「うん。そのTシャツで良ければだけど」

「ううん。普段はパッとしないキモオタだけど、誠意は伝わったわよ」


 喜んで貰えて良かった。

 とりあえず今晩は機嫌を損ねて、秋星の恐ろしい手料理を食べなくて済む。

 味はまあまあ何だけど、見た目が粘土細工だからね……。


「その、ありがとね」

「ああ」


 柄にもなく素直な美冬の言葉にこっちまでもあああー病(コミュ障)に伝染しちゃうよ。


「あー、もう照れちゃって。坊やも可愛い所あるんだから。じゃあ、お姉さんが色々と教えてあげるー♪」


 僕の前にひょっこと出てくるイケメンパワー全快な野郎一名……例のあの男の登場だよ。


「……ねえ、賢司けんじ。暇なのか分からないでもないけど、君、立派なストーカーになるよ」

「気にするな、この町は狭いようで実質狭い町なんだ。ただの偶然さ」


 だからって僕たちの行く所々にもぐら叩きみたく、呑気に顔を出すか?

 この世界は偶然にしては出来すぎている。


「ほら、何、男二人でいちゃついてるの。今日の恋人役はアタシでしょ。さっさと来なさいよ!」

「はーい、分かりましたあー」

「次は巷で有名なラーメンを食べに行くわよ」


 幸い、夕ご飯も外で済ませる予定であり、今日は美冬の食べ歩きで終わって終いそうだ。


「……あんだけ食べてまだ食べるのかい、このツンデレゴリラ女は?」

「誰がツンデレゴリラ女ですってー‼」


「違う。僕じゃないよ」


 明らかに僕よりも声色高めだよね。

 ソプラノ歌手の日常生活じゃないんだから。


「賢司、どさくさで変なことを言わないでよー!?」

「でも俺は正直な意見を述べてるだけだぜ」


 賢司様、その率直な部分のトゲを抜いて、もう少しお手柔らかなお言葉をお願いします。


「すうううぅ……。だから美冬ちゃん、そんなに食べたら太るってばあああー‼」

「ちょっと、賢司ってば!?」


 親友の男性のNGな大声は風を切って、美冬のツンツン大陸へと届く。


「ああん、アンタ、何食べても太らないからって言って、世界中のギャルを敵に回したわよ。いっぺんシメられたいの‼」

「だから声質が違うよねー!?」


 突っかかる美冬に僕は無実だと話すが、電信柱に隠れた(うまく隠れてる?)イケメンのせいで、僕の仕業だということになってるけど。

 僕の根源は最初から無視なのかな?


「大方、ヘリウムガスでも口にしたんでしょ‼」

「僕は普通の空気しか吸ってないよー!?」


 美冬との誤解が解けるまで時間はかかったけど、最終的には好きなコンビニスイーツをおごったら彼女も喜んでたし、これで良しとするかな。


 夕暮れの商店街での喧騒の中、長く伸びる二人の影だけは仲良しこよしのように重なっていた。

 実際には取っ組み合いの喧嘩だけどね。


 ああ、仲良くしようと接しても、逆に突き放してくる性格。

 どうも美冬とは反りが合わないなあ……。

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