第2章 四人の花に囲まれても得られるものは不幸せ
第6話 これから家で世話になるから、その記念にね
「──今日は付き合って一週間記念日だね」
腰まで長い黒髪の女の子がにこやかにこちらに手を伸ばしてくる。
「何、この程度で腰抜かしてるの? 私の王子さまになるって言ってたじゃん!」
そうか、僕は怖い思いをして動けなくなって……男の癖に情けないなあ。
女の子から引き上げられ、僕は強く決意する。
これからも何があっても彼女を守っていこうと……。
「さあ、さっさと次に行くよ。時間は限られてるんだから──」
****
「──おっ、遅いよ‼ 何時だと思ってるの?」
「ごめん、昨日あまり寝付けなくてさ。気が付いたら明け方で……」
「だったら、ずっと起きてれば良かったじゃない。女の子を一時間も待たせて!」
「だから悪かったってば……」
午前十時、お昼前の人気の少ない公園。
赤いロングスカートで肌色のトレンチコートを羽織った大人なコーデの
「んっ……」
「何の真似だよ、セイウチ?」
秋星が軽く目を瞑りながら、顎を少しだけ別の方向に反らしたが、僕には魚が欲しいセイウチの動作にしか見えない。
「違うわよ。遅れた罰としてそこの出店のアイスを
「だったら声に出して言ってくれよ」
餌が欲しいという観点は合っていたが、アイスが食べたいときたか。
「
「……うぐぐ。すいません。秋星お姫様……」
本当に秋星には頭が上がらない。
同じ同級生なのにしっかりしてると言うか……料理を作るのは壊滅的に駄目だけどね。
「……何が壊滅に駄目だって?」
「いや、気のせいだよ……」
****
「毎度ありがとうございました!!」
笑顔の店員さんの明るい挨拶を聞きながら、僕はコーン付きのアイスを二つ持って、秋星に片方を手渡す。
「ううっ、意外と高かった……」
「何、もしかして泣いてるの?」
「ああ。玉ねぎのペーストが目に染みて……」
「そんなアイスの種類あったかな?」
一つ五百円もするアイスって学生には敷居が高いよねと思いながら、アイスを食べる。
バニラが濃厚で上品というか、スーパーの安売りアイスの味と全然違うよね。
「じゃあ、念願の買い物タイムだな。どこに行けばいい?」
アイスのコーンを口に放り投げた僕は秋星に行き先を教えてもらう。
「……志貴野くん」
「何だい?」
秋星が俯いた顔で震え、両方の拳を握ってる。
アイスだけじゃ飽き足らず、ジュースにするためにオレンジでも潰す気かな。
「そういうことは前もってリサーチしておくものよ。
「はあ……女の子ってワガママの固まりだな。お腹イタイ」
「どっちがワガママなのよ‼」
秋星が僕に向かってガチで怒ってる。
通行人から、ねえ、あれって修羅場じゃない? などと噂され、耳を塞ぎたくなるもなるよ。
「うーん、じゃあ、ここの洋服店に入ろう。そうしよう!」
この際、人目につかない場所ならどこでもいい。
僕は秋星の片手を掴み、目の前にあったお洒落な店に入ろうとする。
「ちょ、ちょっと、志貴野くん、大丈夫なの!?」
「心配するな。今日は僕の奢りだよ」
「……志貴野くん」
ヤベエ、無意識に秋星と手を繋いでしまった。
そりゃ怒るよな。
セクハラ容疑でお役ごめんか?
「どうした、真っ赤な顔して?」
「……何よ」
「もしかして秋星もお腹イタイ?」
「もう、女の子に対してその発言は失礼よ‼」
気を遣ってるつもりなのに何で機嫌が悪いんだよー?
女の子の心って宇宙の神秘みたいだよね。
****
「……何なんだ、このお店は?」
「ここはね、有名なブランドものを取り扱っている高級店なのよ。主にセレブ御用達の」
「何かの悪い冗談だよね?」
どの洋服の値札を見ても、複数の万札が羽ばたいていく一般人には容赦ない金額。
ふーむ、洋服にも富裕層の専門店とかあるのか。
道理で数字の桁が違うわけだ。
「それで私の服を選んでくれるんだよね。どれにするの?」
「えっ、あっ、ああっ‼」
「あの……、何で前のめりになってるの?」
「いや、ただの男の子の生理現象です!」
秋星を女と意識する度に近くにあるランジェリーコーナーについ目がいってしまう。
男って想像以上にクズな生き物と
「クスクス。何でクズか、よく分からないけど、志貴野くんって面白いねw」
「ああ、よく親友に言われるんだ‼」
「それってズバリ俺のことか?」
「あっ、
「ヤッハー、白い歯ー、秋星ちゃーん‼」
どこから沸いたのか、奥の部屋から親友の賢司が顔を出してきた。
相変わらずのイケメンで芸能人のように歯並びも綺麗だ。
「所でさ、賢司って神出鬼没だね」
「ああ。お前の歩く所に現れる神だからな……って何ちゃってー‼」
「ちゃってーじゃないよ。くれぐれも僕たちの邪魔はしないでよ」
「ププッ。そんな強がり言って、お子ちゃまの小遣いで買えるような場所ですかあー?」
賢司が口に手を当てながら、ニヤニヤと含み笑いを漏らす。
「……すいません。後でATM寄るんで、お金貸して下さい」
「うむ。分かればよろしい」
僕の財布の残高は千円が数枚。
かと言って冷やかしは悪いし、お年玉貯金を下ろすしかないな。
****
「あーっ。久々に羽伸ばせたよ。楽しい時間ってあっという間だね」
「そうだね」
財布の中もあっという間に空しくなったけど。
下ろすって言ったのに賢司もギリギリしか貸してくれないもんね。
「それより、このワンピ本当にタダで貰ってもいいの? 財布がどうとか呟いてるし、それなりに値が張ったんじゃない?」
「いや大丈夫だよ。これから家で世話になるから、その記念にね」
「ありがとう。今度のお出かけの時に着ていくね」
その白い清楚な柄のワンピースで好きな男をメロメロにして、ずっと仲良くして欲しいという願いを込めたんだ。
折角買っても着てくれなかったら衣装選び責任者としてマジで凹むからね。
「……よし、そこで抱き寄せてチューだ」
電柱に身を隠してるつもりのあの親友が、とんでもないことを言い出す。
このヤベエ人はいつまでついてくるんだろう。
「賢司さあ、物陰に隠れて変なこと言わないでよ」
「俺は金貸しの地蔵だからな」
「それを言うなら傘地蔵でしょ?」
賢司が電柱から出てきて、今度は己の重要さを求めてくる。
傘地蔵の公式とかあったかな?
「クスクス。本当に仲良いね。二人とも」
「まあコイツとは長い付き合いだからな」
「……まだ高校で出会ってから、そんなに間もないんだけど?」
「出会いに年数なんて関係ないよ。私は志貴野くんと出会えて良かったし……」
「えっ……?」
秋星の声が急に小さくなり、肝心の言葉が伝わらない。
それって月とすっぽん?
「ああっ、何てね。ただのジョークよ」
「ただのねえ……」
僕の前で冗談を言う子には見えないんだけど?
しょうがない、隣の夜ご飯担当に訊いてみるか。
「おい、賢司。女の子ってたまに脳がパンクしておかしなことを言うのかな?」
「お前の方が十分おかしいぞ……」
そうか、僕は暑さで頭がやられてるのか。
夕暮れの住宅街で秋星が笑顔でこちらに手を振る中、僕は大きな買い物袋を両手に抱えて彼女の元へと急いだ。
……というか、賢司がいた店の奥がバーゲンセール中だったとはいえ、秋星、服の買いすぎじゃね?
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