第5話 僕のドタバタな毎日は始まったばかりだ

 初夏の梅雨空が晴れ、桐生院筑紫ヶ丘きりゅういんつくしがおか学園のチャイムが校内に鳴り響く。


「待ってたぜ。この至福の一時を」

「ただの昼休みのチャイムでしょ。いつも大袈裟なんだって」


 教室内でやたらと陽気な賢司けんじが赤い折り畳み財布の中を確認してつつ、今月は節約しないとと呟いている。

 もしかして今朝の朝食にお呼ばれしたのも、その節約術の影響かな?


「ちっちっ。節約でけちってる場合じゃないぜ。志貴野しきのは全くもって理解してないな。この学園の購買パンはよだれものの食材に溢れてる!」

「何か表現が汚いんだけど」

「汚いとは何だ。神聖な食べ物に向かって!」


 それ、神聖じゃなく、新鮮の間違えじゃないかな?

 それとも神により、賢司の人間性が試されてる?


「まあ、僕は弁当持参だから関係ないと」

「志貴野、お前ってヤツは‼」

「なっ、いきなり何さ?」


 賢司が目を血走らせ、肉食動物の本能か、こちらに襲ってかかる。

 普段は無害なイケメンも野生化したら手に負えないよ。


「美少女四人姉妹とハーレム生活を送ってるだけじゃなく、愛妻弁当までも作ってもらってるとかどんだけ幸運の持ち主なんだよ‼」

「いや、日本では一夫多妻は禁じられてるし、結婚もしてないから」


『それにこの弁当は自分で作ったもの』と伝えても賢司は頭を大きく抱えて、『おお、聖なるマリアのお導きがー!』とこれまた意味不明な発言をする。

 ちなみに後日知るのだけど、マリアとは賢司の母親のことらしい。

 名前もそっくりそのまま麻里亜まりあとか。


「どうせあの姉妹たちといちゃつきながら作ったんだろ? ダーリン、ひじにご飯粒が付いてるわ。ピロリ菌とか」

「ピロリ菌だったらお腹を壊すよ」


 ペロリじゃなかった件について、多少なりとも残念そうな顔をしている賢司。

 そんなにおこぼれを食べて貰いたいのか? 

 ゲームでもないのに、ただの一粒のために……。 


「まあ、ピロリは良いとして志貴野に真面目な話があるんだが?」

「珍しいね。いつも冗談多めなのに」


 水分ではなく、体の九十%はジョークの塊で出来ている、賢司からのまともな話。


「あのさ、お前の家に呼んでくれた春子はるこって子さ、俺のバイト先で出会ったような気がするんだが、俺の勘違いか?」

「あっ、それね」


 ヤベエ、恐れていたことがついに現実になったよ。

 この場合の怒らせずに納得させる選択肢とは……頭の中の緊急対策マニュアルを呼び起こそうと必死に情報を探る。


「そうそう。名前もほぼ同じなハルだったし」

「あー、他人の空似じゃないかな?」


 賢司がレジを担当してた時、春子は帽子を深く被っていたし、男の子という嘘で塗り固めたんだ。

 春子は中学生だし、この野郎の毒牙にかけたくない気持ちもあり、今さら、実は同一人物でしたー! という変更の余地もない。


「だったらいいけど、もう四人の誰かとデートはしたのか?」

「……いや、ないよ。僕が女性恐怖症のことは話したよね?」

「すまんな。おじいちゃんになってから記憶が薄れてしまって」

「まだ十代でそれはないって」


 高校生でボケだしたら、それも芸術だと目を光らせる者もいるけど、蓋を開ければ普通の高校生の会話だよね。


「とにかくだ。同じ屋根の下で暮らしてるんなら、彼女らを満足させるようなフラグも組まないと駄目だぜ。待たせるだけならガキでも出来る」

「だから恋人でもないって」


「……それには同感よね」


 つかつかと歩み寄る度に銀色のサイドテールが涼しげな風鈴のように揺れる。

 今日もツンツンしてるし、明らかに不機嫌モード全開だ。


「どうして美冬みふゆがこの教室に?」

「あのねえ、教室も何もアンタが忘れ物したんで届けに来たんじゃない!」

「ごめん。ありがとう」

「じゃあ、アタシは友達と食事にするから。男二人で永遠に仲良くね」

「永遠にねえ……」


 何か危ない趣向へと勘違いされた美冬が手渡してきたタッパーの中には10匹くらいのウサ耳リンゴが綺麗に敷き詰められてた。

 なーる、忘れ物はウサギの墓標じゃなく、姉妹が作ってくれた食後のデザートか。

 アイツら良いところもあるじゃん。


「今のは次女の美冬ちゃんか。一見ツンツンしてるけど叩けばデレるタイプと見たぜ」

「叩けばホコリの誤りじゃ?」


 何それ、日頃ツンツン、好きな人の前では照れくさいというツンデレ、まさにギャルゲーの法則?

 これまたヤベエヤツ認定じゃん。


「美冬はそんなツンツンした子じゃないよ。少し志貴野くんに対してのコミュ力に問題があるだけだよ」

「今度は秋星あきほか。校内でも姉妹は大忙しだね」

「私はそうでもないよ。美冬、友達多いから色々と相談に乗ってあげてるんだと思う」


 ああ見えて繊細な性格で友達思いなんだね。

 僕に対しての口の聞き方は粗野だけど。


「じゃあさ、夏希なつきのお願いも聞いてよ」

「あっ、夏希も来たんだ。君たちは本当に仲が良いよね」

「まあね。階段を駆け上って屋上に行きかけたけど」


 陸上部の体力トレーニングでもないのに、どんだけ筋肉バカなんだろう。

 疲れた素振りもなく、息も切らしてないし、このサイボーグみたいな青髪のお嬢さんは……。


「所でさ、食後の運動にちょっと協力してよ。人手が足りなくて困っててさあ」

「ああ、僕で良かったら」


 決してお人好しな性格でもないが、目の前で困ってる妹を放っておくほど、僕は冷めた人間じゃない。


「じゃさあ、そこのレジャーシート敷いてる床に仰向けに寝てよ」

「了解。寝るだけなら」


 教室の隅に青のシートがあるのも謎だが、そこで寝てとか……。

 ヤベエ、これが女子にしてもらう安眠耳かきごっこなのかー!! 


「あんがと」

「じゃあいくよ」

「いつでもカモン♪」


 ドキドキしながら愛の侵入者を待ち続ける。

 もうちょっと耳を見せた方がいいか?

 書店で立ち読みした何かの漫画雑誌にチラ見せがいいとか書いてたよね。


「チェイスとおおおおー‼」


「おわがあああー!?」


 僕は夏希の鋭利あるかかと落としを横に転がって避ける。


「ちょっと、避けたら練習台の意味ないじゃん」

「避けないと余計にヤベエだろー‼」


 どうして他の知り合いが夏希の用事に付き合わなかったのか、体験して初めて理解したような気がする。


「志貴野、お前姉妹にモテモテだな。これからもハーレム生活満喫しろよ」

「これのどこがハーレムなんだよ。ざまあしかないだろー‼」


 三重咲みえさき姉妹と同居して一週間。

 僕のドタバタな毎日は始まったばかりだ……ヤベエ、色々あって倒れそうだよ。

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