第3話 ◯◯しないと…

「なんだ?不正解者は脱落者用出口に落とされるんじゃないのか?」

 焦った比呂が言う。

 しかし壁が降りて来たのとほぼ同時にアナウンスが入る。


『男女ペアルートの場合、惜しくも最終パートをクリアし損ねた二人には、最後のボーナスステージをプレゼントします。こちらは【○○をしないと出られない部屋】です。そこに現れるモニターに従った行動をすると、今回のこのダンジョンは全ステージの攻略を完了したという扱いになります』


「何それ」

「何だって?」

 小春と比呂はほぼ同時に言った。

 壁を見ると1箇所に出口と、右の壁に小さなモニターがある。それ以外は何もない狭い部屋となっていた。

 二人は恐る恐るモニターを見る。そこには次の様に書かれていた。


『【ペアルート専用○○をしないと出られない部屋】

 下記より○○の部分を選んでください。


 1、膝枕

 2、二人でハートマークを作って自撮り

 3、恋人繋ぎ

 4、ハグ

 5、頬にキス』


「何だこれは!ふざけるな。やってられるか!」

 比呂が画面を見た途端に叫んだ。そしてギブアップボタンを取り出して押した。

「ええ?」

 小春が驚く。

 たちまち壁が四枚とも上昇して行き、脱落者用非常出口のランプが点いた。


「ちょっと比呂!いいの?」

 何処かのスピーカーから驚いた声がする。…誰だろう今のは…小春はドキドキしながらも、無言でズンズン出口に向かう彼に着いて行った。

 そして非常出口から出ると、外には出ずに家族とスタッフしか通らないらしい裏通路へと入った。

 約束通り自宅へ案内するようだ。


「ね、藤谷君は今までクリア出来なかった事がないんだよね?ごめんね、私のせいで…」

 追い掛けながら彼女が言う。

「いいんだよ。それにいくら男女ペア用でβテスト版って言ってもあれは無いだろって思うから」

「え?…二人だけだし、クリア扱いになるんだったら私はちょっとどれか試してみても良かったかなって思…」

 小春が言いかけると、比呂がピタリと止まって振り返った。


「南田さん、密室で二人で何かをして外に出るとしたら、その何かの行動をしたと言う証拠は何処にあると思う?もし二人とも嘘の申告をしたら。データに残せない物理行動は判断が付けられないだろう?」

「ええと…うん、そうだね」

「と言う事は何もない壁だけに見えても、あの密室には必ず何処かに監視カメラが付いている筈なんだ。小さな木ネジの頭に埋め込めるカメラだってあるからね」

「そ、そうなんだ…」

「誰かに見られてる状態で、ダンジョンテスターで来ただけなのに南田さんは俺と…あの中の何かが出来る?」

「…うーん…そこはあんまり考えてなかった…でも、折角クリア扱いになったのに…」

「…それ、本気で言ってるのかな」

「本気って…」

 小春が戸惑う。



 その様子をじっと見ていた比呂が言った。

「…じゃあ例えばさ、今いるこの通路はプライベートだから監視カメラがないんだけど…」

 そして片耳に掛けていたヘッドセットを取って電源をオフにし、遠くに放り投げた。

「ほら、これで誰にも聞かれなくなった。…どう?完全に二人きりだよ」

「…」

「…今、俺が南田さんに…そうだな、あの中にあった『ハグ』したいって言ったら…やっぱり嫌なんじゃない?」

「それ…は…」


 小春はまさかそんな事を彼が言い出すとは思っていなかったので黙ってしまった。

 意外だった…自分の事はダンジョン好きの変わった人だと思われているに違いないとしか考えていなかったからだ。


  (ハグってあのハグだよね?ギューって抱き締めるヤツ。

  嫌…?って訳でもないかも…ミッションにあったから言っただけだろうし。

  え?…私のこの特に嫌じゃない気持ちってなんなの。そもそも私は藤谷君の事好きなの…?嫌いではないけど。

  それより藤谷君は私の事どう思ってるの?

  …いやいや、だからっていきなりハグぐらいOKだよ〜とか言う女って軽くない?


  うわーこれって答えるの難しい!ここのダンジョン攻略よりも難しい!)



 一方の比呂は勢いで何て事を言ってしまったんだと気が付いた。

 途端に自分の心臓の音がやたらと早く大きく打ち出したので、相手にも聞こえるんじゃないかと思う程だった。


  (まずい…まずかった…気がする…落ち着け、俺。

  正論を押し付けて答えにくい聞き方をしてしまった。

  っていうか、南田さんなんで黙ってるんだ?

 「だよね〜無いわ〜」とか軽く言ってくると思ってたのに、マジで嫌じゃないの?

  正直めちゃくちゃハグはしたい。ハグどころか…うわあぁぁこれ考えようによっては凄いチャンスなのでは?

  『強行突破』って今こそ使う四字熟語の様な気までして来た。ほら腕をちょっと上げれば彼女の肩はすぐそこだ!


  …頼む南田さん…なんか言ってくれないと理性が笑いながら手を振って何処かに旅立ってしまう…

  君の事は隣のクラスだった一年の時から気になってたし、多分もう好きだ。

  一緒にダンジョン回れて嬉しくて、浮かれ過ぎていつもより集中力が足りなかった程だった。


  でもこの人…なんで俺が誘ったのかも分かってない感じだし…鈍さではSSR級いやUR級…)


「…ごめん、ちょっとあんまりにも部屋の仕掛けが意外だったから腹が立って…聞かなかった事にして」

  (よおぉし俺!耐えれてエライ!)


「…あ、うん、いいよいいよ。ホント意外でビックリしちゃったよね」

 比呂の言葉に、ふわっと全身の力が抜けた様に小春が答えた。


 彼は自分を落ち着かせるためにも投げ捨てたヘッドセットを拾いに行き、改めて彼女に向き直った。

「あの…今日はありがとう。今から家に案内するよ」

 そしてそのまま彼女を連れて自宅内に到達し、三階にある応接間に通した。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽


「おかえりなさい、比呂。そしていらしゃい挑戦者さん。ダンジョンテスターをしてくれてありがとう」

 迎えてくれた比呂の母親は人当たりの良さそうな人だった。最後にスピーカーから聞こえた声は彼女の様だった。


「こんにちは。お邪魔します。南田です」

 小春は挨拶をして勧められるままに比呂と一緒に席に着いた。

 女性の執事と男性の執事がそれぞれお茶とケーキを運んで来た。


 彼女は緊張しながらも比呂の母とはダンジョン談義ですぐに打ち解け、話が弾んだ。

 しかし塾の夕方からの授業のコマが入っていて帰らなければならない時間になったので、母親と比呂とで門まで彼女を送った。

 例え地上を通ったとしても、精緻に仕上げられたイングリッシュガーデンで迷ってしまうからだった。


 彼女の姿が見えなくなると、おもむろに母親が比呂に聞いた。


「…で、どうなの?彼女に告ったの?」

「は?何言ってんだ。やっぱりそんな事考えてたのか。んな訳ないだろ。…それから言っとくけど、最後の部屋の仕掛けは失礼だし最悪だった」


  (…あの部屋のせいで超弩級に心臓がバクバクした状況になった事は死んでも言わない。プライド的に。)


「まあね〜ちょっとした遊びのつもりだったんだけど、アンタ達は対象外だったかもね」

「いや、マジでダサい。何処情報から仕入れたんだよ。母さんSNSとか見過ぎだろ」

「そんなぁ…怒らないで…改良するから」


 母親が悲しそうな顔をした時、執事が呼びに来た。

「社長、S社のアトラクション担当の方からZoomのアクセス申請が来ております」

「ええ?日曜なんだから私は休ませてよ…」


 渋々家に戻って行く母親の背から視線を外し、比呂は少しの間、小春が帰って行った方角を眺めていた。


 ▽▽▽▽▽▽▽▽


 2週間後の昼休み。

 小春が比呂の席に来て聞いてきた。


「藤谷君、あれからダンジョンの改装どうなったかな」

「ああ、ちょうど昨日終わったよ。以前から市の方に正式に既存テーマパーク施設としての設置許可の申請をしていて、それも今回通ったし」

「そうなの?良かったね」

「うん。稼働点検が終わった明日から再開するよ」

「待ってました!」


 そう言うと彼女はにっこりと笑って封筒を取り出した。

「えへへ、実はお金貯めてました。ここに4万あるの。年間パスポート買いまーす」

「え?いいの?」

「うん!また藤谷君のお母さんにも会いたいし付き合ってよ(ダンジョンに)」

 周りが少し騒ついた。

「いいよ、いつでも言って。付き合うから(ダンジョンに)」

 周りの数人から「おお」という声とパチパチと手を叩く音がした。


 側で聞いていた恵麻が照れながら言った。

「へえ〜、小春と藤谷君ってもう親公認の仲なの?」

「え?それは違…」

「うん。お母さんといっぱいお話しさせて貰ったよ」

「南田さん…」

と言い掛けて、比呂はもう敢えて否定はしなかった。


 …彼女って本当にダンジョンが好きなんだな。

 いつかそれ抜きで俺の方を向いてくれる日とかあるのかなぁ…。


 楽しそうに友達と喋っている彼女をよそに、彼はそんな事を考えながら遠くの方に見える山々に目をやった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

友人の家がダンジョンだった件 風崎時亜 @Toaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説