第2話 ダンジョンペアルート

「何?私に用があるって」

 小春は屈託なく比呂に聞いた。彼とはここの所ダンジョン攻略についてよく話すようになっていた。

 彼は今までに出たギミックや謎解きを色々と教えてくれたし、時には今後の変更の予想を二人で立ててみたりするようになっていた。

 そんな彼が、今日は改まって話がしたいと言って来たのだ。きっと新しいダンジョンの仕様の事に違いない。

 彼女はワクワクしながら中庭に来たのだった。


「…実はうちのダンジョンで、撮影可能な部分を毎回撮って脱落してしまう動画を上げていたユーチューバーが行方不明になっていたんだ」

「え?」

「勿論次の日の稼働前に見つかったんだけれど、俺の兄貴もコンビニに行って来ると言って出て二日間帰って来れなくなった事があってさ。その時はたまたま次の日が休館日と電気系統の点検が重なって捜索出来なくて。兄貴も意地っ張りで裏通路使わないし、スマホのGPSは切ってるし施設内の電源も落ちててマップも読み込めないし、警察に来てもらっても迷われて終わりかもで呼べなくてさ」

「…ダンジョンって言うよりもはや迷宮ラビリンスだね」

「だから大幅リニューアルをする事になった。入場者にはギブアップボタンを持たせてヤバくなったらすぐ近くの非常ルートを案内するし、監視カメラの数も倍にするらしい」

「やっぱりリニューアルなんだ。いつも思うけど凄いなあ」


「それで」

 比呂は一呼吸置いた。


「今回ついでに『ペアルート』を新設する事になったんだ。二人で攻略するルート。…で、そのテストに誰か来て欲しくて…南田さんは最近よく来てくれてるよね?」

「あはは、まだ第一層しかクリア出来てないけどね」

「うん、それでもいいから…俺とペアを組んで一から三層まで攻略に付き合って欲しいんだ。俺も突破出来るか分からないんだけど、テスターをしてくれたら今度こそ家の中に招待するって…母親が。でも嫌だったら別に…」


 そう言って比呂は少し恥ずかしそうに視線を逸らせた。

「行く行く!行きたい。お願いします」

 小春は目を輝かせて言った。

「あ、でも藤谷君の友達でもいいんじゃないの?私よりも通ってる人がいると思うんだけど…」


 彼女がそう言うと、彼は予測していたように溜息を吐いた。

「今回の新ルートは男女ペア向けにしたいんだってさ。デートコースに入れたいとかで。…馬鹿じゃないのうちの親…」

「そ、そうなんだ…はは…で、いつなら行けそう?」

「…いいの?わざわざ男女ペアにしたいって事は何か仕掛けて来るかも知れないって事だよ?」

「何かって?どっちにしろダンジョンでしょ?仕掛けはあるよ。…うーん…私じゃやっぱりクリアが難しいかもだし、足手纏いかな」

「い、いや、そんな事はないよ。手伝ってくれるだけで助かる。…あくまでもテスターとしてね」

 比呂が慌てて言った。


「じゃあ行く。いつぐらいが良いのかな?」

「工事が一週間後に完了する予定だから、それ以降の南田さんの都合の良い日を教えて欲しい」

 二人は話し合いの末、10日後の日曜の朝10時に集合することにした。小春のアルバイトがたまたま人が余っていて休みになっていたからだった。


 そして約束の日曜日の午前10時。

 小春は時間通りに比呂の家の前にいた。彼もそこに待っていてくれた。

「おはよう」

「…おはよう」

 彼がぎこちなく挨拶をした。

 見慣れない彼女の私服姿が新鮮だったようだ。


「今日はよろしく」

 小春が言う。

「…うん。悪いね、付き合わせて…」

「ううん。楽しみだった」

「そう?俺はなんだか不安なんだよな。うちの親変な事しか考えないし…昨日の夜も、明日南田さんが来るって言ったら一人でニヤニヤしてた…絶対何か勘違いしてる」

「勘違い?」


 比呂は少し躊躇ためらってから言った。

「…南田さんは、単にうちのダンジョンが気に入ってるだけなんだろ?」

「うん、私こういうの大好きだから。『藤谷ダンジョン』めっちゃ攻略したい!だってまだ一層クリアしただけなんだよ?通っちゃう」

「ははは。毎度ありがとうございます」

 彼が苦笑した。


 二人は並んでゲート前に行く。

 今回は入場券売り場にスタッフが立っていて、券を買った後に何かを渡してくれた。

 どうやら比呂が言っていたギブアップボタンと、彼には別にバグ報告用の片耳装着型ヘッドセットも渡された。

「βテストですので、キツかったらいつでもボタンを押してくださいね」

 手渡してくれた女性スタッフが優しく言った。毎回聞くインターホン越しの声の人だった。


「じゃ、行こうか」

 比呂が言う。

 今回は地下へ続くエスカレーターではなく、エレベーターに変わっていた。

 エレベーターで地下二階に降りると、まずソロとペアの扉に別れている。二人はペアの扉を開いた。


 ダンジョン内では小春は秀才と言われる比呂と組んでいるせいか、割と順調に進めることが出来ている気がしていた。

 あくまでも安全に配慮してあるので戦闘などはないが、リアルなモンスターが迫って来るのはとにかく怖かった。その怖さに耐えつつ一定の距離に近付くまでに床のタイルパズルの謎を解いて言葉を見つけ出し、二人で息を合わせて指示通りに踏んで行く。そこに現れたキーを使ってパネルにかざして照会し、開いた扉に飛び込む。

 他にも画面に出て来る問いの答えになるテンキーを間違えずに押したり、ヒントから正しいパーツを拾ってギミックを完成させて、対応場所に嵌め込んで作動させる、幾つかある宝箱の中から正しい物を選んで開ける等、ペアで協力しないとなかなか進めない所が沢山作られていた。


 比呂は的確にミッションをこなしながらも「パート7の解答パネルの光り方が1秒遅い」「パート9のシリンダーキーの解除の時の右回りが引っ掛かるのが気になる」等と報告していた。どんな集中力なの?と小春は感心しつつ、比呂の足を引っ張らないようにするのが精一杯だった。


 やがて第三層の最後のミッションまで来た。

 今回リニューアルとは言え、小春にとっては初めての階層だった。比呂が進みながら言う。

「これが最後のミッションらしい。慎重に行こう」


 第18パート。

 正面のモニターに『アクエリアスの魔女』が現れた。バックには時計の文字盤のデザインがあり、魔女は2の数字の位置に座っている。

 出口の扉の前には黄道十二星座の像が二列で立ててある。

 ミッションは魔女の強大な力を封印する事らしい。時間制限は1分。

 古文書の暗号に従って対応する数字を入力し、更に当てはまる像をお互いに向き合うように動かす必要がある。しかも男女力を合わせて、と言うことらしい。


【封印の賢者は言った。『悪に染まり魔女と化したアクエリアスを封印する。始まりはタウラス、更に三つの角を過ぎ司る者、その角四つ戻りて示す者。最後にそこから正面に飛び、降り立つ者。星座を護る彼等四人の力にて、扉を開き魔女を封印せし』】


「何この問題。これから四つの数字を入れるとか、どうなってるの?」

 小春は焦った。

「答えの入力数字は『5、8、4、10』。像は順番に牡牛座、獅子座、牡羊座、天秤座だ」

 比呂がすぐに答えを出し、まず数字を入力して行く。画面にクリアの文字が浮かぶ。

「なんで分かるの?」

「時計の文字盤に沿っている。2がアクエリアスになっているからタウラスは5の牡牛座だ。文字盤の数字は中心から30度ずつが一つの角になっている。三つの角を進むすなわち8の獅子座、四つ戻って4の牡羊座、そこから180度、つまり正面に飛ぶと10の天秤座になる」

「ひえ〜」

「いいから、そこの獅子座と天秤座の像をこっちに向けて」


 小春は言われた通りに像を回し、そちらもクリアした。筈だった。

 しかし彼女が回した最後の像は天秤座ではなく、隣の『蠍座』だった。


「ま、間違えたっ」

「ええっ?」


 途端にアラートが鳴り、二人の四方を上から降りて来た壁が覆い、天井部分にも同じ色の板が被さった。

 二人は小さな密室に閉じ込められてしまったのだった。






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