友人の家がダンジョンだった件
風崎時亜
第1話 秀才の家はダンジョン
高校二年の春のクラス編成が終わった。
いや凄い。
あんなに頭がいいのに、どうしてこんな辺鄙な場所にある高校に通っているのか分からないぐらいだと彼女はいつも感心していた。
その内一年生の頃からの友達よりもよく話す様になったクラスメイトに、ある噂を聞く機会があった。
「とにかく凄いんだって。
昼休みに弁当の鶏団子を頬張りながら、友人の
「なんかね、お母さんが有名なテーマパークのアトラクションデザイナーでね、家もすっごくお金持ちだし広いの」
「へえ~」
「もうね、敷地がうちの学校のグラウンドの半分ぐらいあるの。一応ここって政令指定都市のど真ん中でしょ?土地代も凄いんじゃないかと思うんだけど」
「はあ。お金持ちの事はよく分かんないな。」
小春は同じく弁当のミニハンバーグを摘みながら言った。
「でね、お家がダンジョンなの」
「…え?」
「ダンジョン。大事なことだから二回言うね」
一体何を言っているのだこの人は。
「ダンジョンって、地下牢みたいな感じで、入ろうとしたら左右から槍が飛んで来たり、通路いっぱいの大きさの玉が転がって来たりする…アレ?」
「うん。地上一階、地下二階、住居スペースは地上二、三階なんだって。誰が遊びに行ってもいいけど、未だかつてクリアしてお家の中にお呼ばれされた人はいないという…」
「嘘。何それ」
勢い付いて喋る恵麻に対し、小春は思わず蓋に箸を置いて真顔で見つめてしまった。
「ね、ね、ちょっと彼に聞いてみない?」
「ちょっとそれ…は…ええ?」
「藤谷くーん」
小春が戸惑っている内にさっさと弁当を食べ終わった恵麻が立ち上がって藤谷を呼び、席まで行こうとした。
彼は早々と食事を終えて本を読んでいたが、何事かと顔を上げてこちらを見た。
「もう…そんな声上げて…」
小春は渋々席を立った。自分はそこまで積極的なタイプではないので目立つのは嫌だった。
藤谷比呂はこのクラス一番の秀才だ。もちろん話した事はない。
物静かでいつも何かの本を読んでいる。かと言って友達がいない訳ではなく、さっきも数人が彼を取り巻いて話していた。
「ねえねえ、藤谷君の家ってなんか凄いんだって?」
恵麻が彼の席の近くに行き、フレンドリーに話し掛ける。
——なになに、恵麻って男子平気なタイプ?
彼女の積極性に戸惑いつつ、小心者の小春は恵麻の左腕にくっつく様にして話を聞いている。
「…俺の家の事?まあ…変わってるけど」
比呂は恵麻の急な問いかけに別に驚く訳でもなく平然として答えた。
「ね、私、遊びに行かせて貰ってもいいかな?あ、この子は南田小春ちゃん」
「知ってるよ。いつも一緒にいるよな」
「うんうん、じゃあ話が早いね。小春も行っていいよね?」
「ちょっと、恵麻…私はまだ何も…」
「別にいいけど…」
彼は本をパタンと閉じてこちらを見た。
「木村さん達ってさ、金持ってる?」
「へ?」
放課後、部活も塾もない学校帰りの日に示し合わせて小春は恵麻と共に藤谷比呂の家の前にいた。
コンクリートの何処か西洋風で古めかしい塀には、蔦がびっしりと生えている。中心には頑丈そうな門があり、その奥にはこれまた古風なこの地域には似合わない洋館が建っていた。
「なんか…世界が違う…」
「これマジで何処かのテーマパークみたいだよね…制服でTDLに来たみたいな?」
二人の少女は見た事もない風情の家に驚愕していた。
連れて来てくれた比呂が門の外のインターホンを押す。
ピンポーンと普通の家庭でも聞く様な音がする。暫くして家の人だろうか、女性の声がした。
「はい」
「俺だけど。今日は俺の他に二人」
彼が普通に言う。
「…分かりました。お入りください」
女性の声が言うと、門が重々しくギギィと開いた。
「入って」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します…」
早速建物までに広がるイングリッシュガーデンに目を奪われる。美しい天使の像がある噴水も印象的だった。
なんて素敵なんだろう…二人の少女はうっとりと庭を眺めた。
だが、建物の前の雰囲気にその気分は疑問符に変わった。
玄関扉の前に【入場料】と書かれた券売機があったのだ。その券を読み込ませて通るらしいゲートまである。
『大人一人一回1,000円 第一~第三層共通』
『階層フリー年間パスポート36,000円』
「…は?お金取るの?」
恵麻が訝しげに言った。小春も同感だった。手土産ならともかく入場料を取られるとは。
「言っただろ?金持ってるか?って」
比呂がそう言いながら入り口に向かった。
「ま、俺は年パス持ってるけどな」
そしてカードをピッと読みこませる。途端にセキュリティゲートが開く。
「この入場チケットにはシリアル番号が振ってある。それを毎回読み取ってその人のクリアタイムや攻略出来た階層の記録を上書きして行く。第一層を通過して一旦帰ったりしたら次は第一層からでも二層からでもチャレンジ出来る」
「いや、ここ藤谷君の家だよね?」
恵麻が言う。
「そうだけど?」
「自分の家に入るのに毎回入場料取られるのって…まあ年パスだとしても」
比呂は少し怪訝そうな顔をした。
「勿論スタッフや家族専用の裏通路はあるけど、折角目の前にダンジョンがあるなら攻略したいだろ?だから正々堂々と料金を払って入る」
それって何のプライドよ…と言いたかったが小春はグッと抑えた。
「く~。私お小遣い月5,000円なんだよね…」
「私は週2でバイト入れててそれがお小遣い」
恵麻と小春は騙された気がしたがなんだか面白そうなので券売機に札を入れた。
二人がゲートを通ったのを確認すると、比呂が玄関を開けながら言った。
「ようこそ我が家のダンジョンへ」
そこでは地下二階へ続く深い下りエスカレーターが延々と音を立てて動いていた。
▽▽▽▽▽▽▽▽
二十分後。
少女二人は第一層の脱落者ゲートの外のマットの上に転がっていた。
パズルに正解して正しい道を選ばなければいけないミッションに失敗した途端、床が競り上がって滑り台の様になり出口に排出されてしまったのだ。
「…何あれ」
小春が転がったまま呆然として言う。恵麻も失敗して同時に出口に排出されたが、比呂はクリアして先に進んで行った。
道すがら聞いてみると、ダンジョン内のギミックやクイズやパズル等の問題は少なくとも二日で半分ずつ新しい物に変わって行くそうだ。と言う事はこの家に住む比呂でさえ攻略が難しいと言うことか。
「なんかね〜、凄かったね。立体映像のモンスターとか魔女とか本物かと思ったもん…」
恵麻がまだぼんやりしたまま言う。
「あれさ、バーチャルライブ用のモニター使ってるんだって。モーションキャプチャー付きのスーツ着た演者も雇ってるんだって。暗いから全然違和感なかったよね」
「そりゃ入場料取るよね…」
小春が説明すると、恵麻が納得した様に返した。続けて言う。
「ガチのマジでダンジョンだったね。一回1,000円でも安い気がする」
「…ガチのマジで面白い…」
「は?」
「藤谷君ってクリア出来なかった日なくて、いつもお家の中に入れるんだって。凄いよね。流石秀才だわ」
小春はガバッと飛び起きた。
「私、この『藤谷ダンジョン』攻略したい!まずは第一層!」
「えええええ?やめなよぉ…安全面には配慮されてるけどその内怪我するよ?主にお財布が」
そしてその日から小春は週に一度比呂の家に通うようになった。
勿論、制服が汚れるのが嫌なので放課後に必ず体操服のジャージに着替えてから挑む事は忘れなかった。
一ヶ月後、ようやく第一層をクリアした次の日、小春は比呂に学校の中庭に呼び出された。
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