42.お庭にいっぱいの種蒔きをした

 朝になって、いつもと違う服を着た。すぽんと被る服は膝までなくて、腰まで。その下は別のズボンを履いた。ズボンだけど、お膝が出る長さは初めて。


「うん、可愛いぞ」


 可愛いならいいや。上は赤で、下は白。僕が好きだと言ったお花の色だった。にこにこしながら扉を押して、外へ出る。今日は昨日より暖かくない。涼しいって表現するみたい。覚えておこう。


 湖は綺麗に光を弾いて、いっぱいの精霊がいた。羽がついた小さな人は、みんな精霊でいいの。時々羽がないのに浮いてたりするけど。全部精霊と呼ぶ。精霊は見えない人もいると教えてもらったけど、見えない人はぶつかったりしないのかな。


 ふわふわと近寄ってまた離れる精霊を見ながら、メリクと手を繋いで歩く。


「前を見ないと、転んじゃうぞ」


「うん、前みる」


 お庭は一面緑色だった。背の低い草がいっぱい生えている。これをメリクが消した。ぱちんと指を鳴らしたら消えたの。どこへ行ったんだろう。


 それから石を並べて縁を作り、中にふかふかの土を入れる。柔らかい土は「ふかふか」なんだって。手を入れたら、土の中がお外より温かかった。


「これが種だ。俺が棒で穴を開けたら、二つずつ入れてくれ」


「二つ……」


 一個を二回。ちゃんと出来るよ。頷いて、メリクと一緒に花を植えていく。種を蒔いたら、芽が出て、大きく育って、花が咲くんだ。絵本で覚えたのは、何日も時間がかかること。


 メリクが開けた土の穴に、僕が種を入れる。後ろを歩くにゃーが、カシカシと手で埋めてくれた。


「にゃー、じょうず」


「ああ、本当だ。手伝ってもらってよかったな」


 汚れてない方の手で、メリクが頭を撫でた。嬉しくて僕の方からすり寄る。にゃーが「うにゃん」と言いながら、僕の足元に入ってきた。


「うわっ」


 バランスが崩れて後ろに転ぶ。持っていた種の入った袋が落ちちゃった。慌てて起き上がったけど、土は僕のお尻の形に凹んでる。それに、種がいっぱい落ちて分からない。


「僕、ごめ、なさ……」


 怒られる、叩かれる。恐怖できちんと謝れなくて、涙が出てきた。メリクはそんな僕を抱き上げ、優しく頬にキスをする。なんで怒らないの?


「全然悪いことをしていないだろう? にゃーはイルを好きで近づいただけだし、イルもにゃーを叱らなかった。種は俺が拾えばいいし、また続きを蒔こう」


「……うん」


 落ち着いてよく見たら、地面の土の色と種の色は違った。種は黒いんだ。だから一つずつ指で摘む。袋に入れる僕を見ていた精霊が、わっと土に降りた。それじゃ種が見えないよ。


「あっ! ありがとう」


 精霊が拾った種はキラキラ光る。それを運んでくれた。僕が手を出すと、上に一つずつ並べられる。袋に入れた種を、また蒔き始めた。


「イルは皆に愛されてる。いい子の証拠だよ」


 メリクは時々、不思議なことを言う。愛されてるの? それって大好きより好きなのに、本当に僕? 首を傾げた僕だけど、精霊は優しく触れては離れる。そうなのかな、そうだと嬉しいな。僕も精霊が大好きだよ。それとメリクとにゃーはもっと好き!


 笑顔のメリクと、最後の種を穴に入れる。にゃーがシャッと土をかけて終わり。僕が転んでから、少し離れた場所で座るにゃーを抱っこして、頬を擦り寄せた。にゃーの手は土がついたけど、毛皮は綺麗なまま。いっぱい大好きを伝えたら、メリクが「俺も」とキスをした。

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